女の艶しい声で、
「まあ、いけませんわ。こんなに戴いては……」
すると大月は、それを両手で押えつける様にして、それから秋田の方を振向きながら、
「君。――何と言う恰好をしているんだ。さあ、お客様のお帰りだ。其処をお通しし給え」
そこで秋田は、眼を白黒させながら、思わず一歩身を引いた。
「ほんとに済みませんわ。――じゃあ、又どうぞ、お遊びにいらして下さいな」
そう言って若い女は、媚《こび》を含んだ視線をチラッと大月へ投げると、秋田には見向きもしないで、到頭その儘出て行って了った。
大月は自分の椅子へ腰を下ろすと、さも満足そうにウエストミンスターに火を点けた。
秋田はどうにも堪らなくなって、到頭大月の側へ腰掛けた。そして、
「一体、どうしたと言うんですか?」
「別に、どうもしやしないさ。が、まあ、兎に角、これからひとつ説明しよう」
そう言って大月は、内ポケットへ手を突込むと、昨日屏風浦の断崖の上で拾った、例の黒く薄い板っぺらの様な小片を取出した。
「これ何んだか、勿論判るだろう? よく見て呉れ給え」
「……何んですか。――ああ。レコードの缺片《かけら》じゃありませんか。これが、一体どうしたと言うんですか?」
「まあ待ち給え。その隅の方に、金文字で、少しばかり字が見えるね」
「ええ。判ります。……arcelona《アルセロナ》――として、Victor《ビクター》・20113――とあります。それから、……チ・フォックストロット――」
「そうだ。その字の抜けているのは、勿論、あの、踊りのバルセロナの事だ。そして、もうひとつの方は、マーチ・フォックストロットだ――ところで、君は、時々ダンスを嗜《たしな》まれる様だが、その踊り方を知ってるかね? その、マーチ・フォックストロットと言《いう》奴《やつ》をだね」
秋田は、図星を指されて急に顔を赤らめた。が、軈て仕方なさそうに、
「二三度名前だけは聞いた事がありますが、僕はまだ習い始めですから、全然踊り方は知らないです」
「ふむ、そうだろう。――実は、僕も知らなかった。が、いま帰って行かれたあの若いお客さんから得た知識に依ると、何でもこのダンスは、四五年前に日本へ伝ったもので、普通に、シックス・エイトって言われているそうだ。欧州では、スパニッシュ・ワンステップと呼ばれているものだよ。そしてその名称の示す様に、このダンスのフ
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