に向って、「警察の連中はこれを見落したりなどして行ったんですか?」
「さあ、――この付近に林檎の皮など落ちている位いは珍しい事じゃないですから、旦那方は知らずに見落したんじゃなかろうかと思いますが。何でも旦那方はそこいら中|細《こまか》に調べられて、あの雑木林の入口に散っていた沢山の紙切れなんども丁寧に拾って行かれた位いで御座居ます」
「紙切れを――?」
「へえ。何か書いた物をビリビリ引裂いたらしく、一寸見付からない様な雑木林の根っこへ一面に踏ン付ける様にして捨ててあったものです。手前が拾いました奴は、恰度その書物の書始めらしく、何でも――花束の虫……確かにそんな字がポツリと並んでおりました」
「ほほう。……ふうむ……」
大月は暫くジッと考えを追う様にして眼をつむっていたが、軈て、
「ま、それはそれとして、兎に角この林檎の皮だ。勿論これは、警察で見捨《みすて》て行ったものだけに月並で易っぽいかも知れない。が而し決して偶然ここに落ちていたのではなくて、この犯罪と密接な関係を持っている。――つまり兇行が犯された当時に剥き捨てられたものなんだ。よく見て御覧。そら。この皮は、岸田氏の靴跡の上に乗っているだろう。そして一層注視すると、その又皮の上を半分程、それこそ偶然にも犯人の靴が踏み付けてるじゃないか。だからこの皮は、兇行当時前に捨てられたものでもなければ、兇行当時後に捨てられたものでもない。正に加害者と被害者の二人がこの丘の上で会合した時に剥き捨てられたものなんだ。そして、尚一層注意して見ると」大月は林檎の皮を拾い上げて、「ほら。剥き方は左巻きだろう。なんの事はない。よくある探偵小説のトリックに依って推理すると、この場合犯人は女だったのだから、林檎の皮を剥いたのは極めて自然に犯人であると見る。従って犯人は左利、と言う事になるわけさ。……だが、それにしても黒いトランクは何だろう? そして、岸田氏に組付いて、そんなにあっさり[#「あっさり」に傍点]と断崖から突墜す事の出来る程の体力を具えた女は、一体誰れだろう? そして又、『花束の虫』とは一体何を意味する言葉だろう?……」
それなり大月は思索に這入って了った。そして腕組をしたまま再び靴跡の上を、アテもなく歩き始めた。秘書の秋田は大月の思索を邪魔しないつもりか、それとももうそんな仕種《しぐさ》に飽きて了ったのか、証人の男を捕
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