り締めて摩擦さしたと言う事実を明確に暗示する、次に、第三の手掛である所々の軽い擦過傷を検討して見よう。軽薄ではあるが太く荒々しいあの瘡痕は、明かにナイフその他の金属類に依って与えられたものでなく、鈍重で粗雑なものであり、且《か》つ又掌中に擦過傷を与えた兇器或は同性質の兇器なる事を暗示する。そうしてこの事は、あの種の擦過傷を与える様なその物体が、犯行の当時現場に、もっと厳格に言えば格闘している被害者の身辺に、あったか、或は、直接犯人が持っていたかのどちらかだ。が、この場合私は後者だと思う。何故なら、加えられた力の量的な差こそあれ、これらの擦過傷はあの頸部胸部の絞殺瘡痕に対して質的な共通点を持っているからだ。君はあの土色に変色した皮膚が擦り破れて、出血していた被害者の頸部を思い出し給え。そうして極めて幼稚な観察と推理に依ってすら、頸部に索溝の残っていない点と言い、あの皮膚の擦り破れ方と言い、第二第三の擦過傷を与えたと同一の太く粗雑な兇器である事は容易に頷《うなず》き得る筈だ。
従って私は、これらの個々の事実の検討から、私の分類した三つの瘡痕に加えられたそれぞれの兇器が、犯行に使用された唯一の兇器である事に帰納する。だから被害者の持っていたあの幾個所かの擦過傷は格闘の際現場に転っていた[#「現場に転っていた」に傍点]奇妙な物体に依って外部的に受けたものではなくて犯人の手から[#「犯人の手から」に傍点]執拗に襲い掛って来る蛇の様な兇器に依って与えられたものなのだ。だが、推理を今後の過程に進めるに当って最も興味深い存在をなすものは、あの掌中に残された奇怪極まる擦過傷だよ。まさか君は、死人が綱引き遊びをしていたなんて言うまいね。
次に、あの無数の軽い擦過傷が明かに格闘に依って与えられた軽傷である事は、まさしく疑う余地がない。しからば格闘は、従って犯行は、どこで行われたか? 勿論、屋外であれ程判然たる他殺の痕跡を加えて殺害したものを、わざわざ運び込んで屋上から投げ墜《おと》し墜死に見せかけよう、なんてナンセンスは信じられない。しかもこの場合厳重な戸締りの問題がある。しからば次のデパートの屋内で犯行が行われたとの解釈はどうか? この解釈が肯定されるためには、被害者が殺害されるまでの格闘の際、一言の救助をも求めなかった、と言う驚くべき事実だ。従って犯行は最後の場所、即ち屋上で行わ
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