まま忘れられようとしていた時の事だけに、半《なか》ば予期していた事とは言え、失踪者の惨殺屍体が発見されたと聞いて、私達が飛上ったのも無理からぬ話である。
門前で車を降りた私達は、真直《まっす》ぐにK造船所の構内へやって来た。事務所の角を曲ると、鉄工場の黒い建物を背景《バック》にして、二つの大きな、深い、乾船渠《ドライ・ドック》の堀が横たわっている。その堀と堀の間には、たくましいクレーンの群《むれ》が黒々と聳《そび》え立って、その下に押し潰されそうな白塗りの船員宿泊所が立っている。発見された屍体《したい》は、その建物の前へアンペラを敷いて寝かしてあった。
もう検屍《けんし》も済んだと見えて、警察の一行は引挙《ひきあ》げて了《しま》い、只《ただ》五六人の菜ッ葉服が、屍体に噛《かじ》り付いて泣いている細君らしい女の姿を、惨《いた》ましそうに覗き込んでいた。喬介は直《ただ》ちに屍体に近付くと、遺族に身柄を打明けて、原田喜三郎の検屍を始めた。地味な労働服を着た被害者の屍体は、長い間水浸しになっていたと見えて、四十前後のヒゲ面も、露出された肩も足も、一様にしらはじけて、恐ろしく緊張を欠いた肌一
前へ
次へ
全27ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング