やって来るものと助役は睨んでいるに違いない――そう思うと吉岡は一層身内が引緊《ひきしま》る様な寒気を覚えて、外套の襟に顔を埋めながら助役の側へ小さくなってしまいます。
恰度四時四十二分に夜行の旅客列車が物凄い唸りを立てて、直ぐ眼の前の上り線路を驀進《ばくしん》して行きました。そして辺《あたり》は再び元の静寂《しじま》に返ったのです。が、それからものの五分と経たない内に、助役が急にキッとなって吉岡の肩先をしたたかにこ[#「こ」に傍点]突いたんです。
吉岡は思わず固唾《かたず》を飲みました。
――成る程、桑畑の間の野道の方から、極めて遠くはあるが、小さな、低い、それでいて何となく満足そうな豚の鳴声が夢の様に聞えて来ます。
二分もする内に追々にその声は近附き、間もなく道床の砂利を踏む跫音《あしおと》が聞えて、線路の上へ真ッ黒い人影が現れました。星明りにすかして見れば、どうやら外套らしいものの裾にズボンをはいた足が見えます。そしてその足の向側を、今度は何処の農家から盗まれて来たのか大きな白豚が、ヴイ、ヴイ、と鳴きながら縄らしいもので引かれて来るんです。男は時々腰を屈めては何か餌らしいも
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