ひく度に、妾の家へ花環を買いに来られました。なんと言う美しいお心でしょう。
 でもああお懐しいオサセン様。
 妾は始めて貴男をお店で見たその時から、貴男がとてもとても大好きになってしまって、ホンの少しの間でも貴男をわすれる事が出来なくなってしまったのでございます。間もなく父は、妾の気持に気づきました。そしてもうその頃では、夢中で妾を大事にしていてくれましたので、時たま貴男が花環を買いに来て下さると、父は出来るだけ手間をとって貴男の花環をこしらえる様にさえしてくれました。
 でも恋しいオサセン様。
 妾はみにくい体を持っておりますので、貴男のお側《そば》へそれ以上に近づく事の出来ないのをだんだん不平に思う様になり、そして日ましに気が短かくなって我ままになり、一年に二、三度位しか花環を買いに来て下さらない貴男のおすがたを見るために、いくたび父を門口に立たせた事でしょう。でも毎日毎日奥の間の障子のかげから顔だけ出して、貴男の来られるのをいつまでも待ち続けている妾を見兼ねたのか、とうとう父は恰度いまからひと月程前、B町へ毎シュウ草花を買いに行く度に、なんでも大変キキメのある神様へオガンをかけて来る様に約束してくれました。するとどうでしょう。その大変キキメのある神様は哀れな妾のねがいをお聞き下さって、日ヨウ日毎に貴男にお眼にかかれる様にして下さいました。ああその頃の妾は、なんと言うしあわせ者でしたでしょう。毎日毎日唄を唄ったり、父とユカイに話をしたり……。
 でも、それはホンのつかのまの事で、この前の日ヨウ日には、もう貴男はおいでになりませんでした。そして何事があったのか父はもうバチが当るからオガンをかけるのはイヤだと言いだして、だから今夜も花だけ買って早く帰って来てしまいました。そしておさえ切れなくなった妾は、とうとう父とみにくい口あらそいを始めたのでご座います。
 そしてああ恋しいオサセン様。
 とうとう妾は、恰度手に持っていた棺板に穴をあけるヨツメ・キリで、あやまって父を殺してしまったのでご座います。
 妾は、もう生きているノゾミをなくしてしまいました。妾は、この手紙を抱いて、貴男のお手にかかって母のいる国へ行きます。妾の家のお店に、妾がこの手紙をかいてから、急いでこしらえた花環がご座います。どうぞその花環を、哀れな妾のために汽車へ吊してやって下さい。
  三月十七日夜
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]十方舎のトヨより

 ……やれやれ、お読みになりましたかな……いや、手紙《そこ》にも書いてあります様に、助役の一行が十方舎へ乗込んだ時には、もうその娘の親爺は、脇腹から心臓めがけて大きな錐《きり》を突立てられたまま、造りかかりの棺桶の中へノメリ込む様にして冷くなっていましたよ……
 いや、学生さん――
 ……これで、何故私が鉄道稼ぎを退職《やめ》る様な気持になったか、そして又何故毎年三月十八日、つまり十方舎の娘の命日に、こうしてH市の共同墓地へ墓参りに出掛けるか、お判りになった事と思います……え? ああそうそう……もうとッくにお判りの事と思いますが、実はこの私が、「葬式《とむらい》機関車」の「オサ泉」事、長田泉三なんです……いやどうも、永々と喋らして頂きましたな……どうやら、ボツボツH駅に近づいたようです……では、これで失礼いたします。
[#地付き](「ぷろふいる」昭和九年九月号)



底本:「とむらい機関車」国書刊行会
   1992(平成4)年5月25日初版第1刷発行
底本の親本:「死の快走船」ぷろふいる社
   1936(昭和11)年初版発行
初出:「ぷろふいる」ぷろふいる社
   1934(昭和9)年9月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:大野晋
校正:川山隆
2008年11月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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