ではもう出世して本省の監督局におさまっていられますが、この人が当時の部下であるこの機関庫係員を連れ、既にひと通りの下調べを済ました保線課の係員を案内役として、翌日の午後二時発の下り列車で、早速B町へやって来たんです。
 現場の曲線《カーブ》線路と言うのは、B駅から一|哩《マイル》足らずのH駅寄りにあってカーブの内側は上り線に沿って松林、外側は下り線に沿って一面の桑畑なんです。で、一同が数字の書かれたコンクリートの里程標《マイル・ポスト》の立っている処までやって来ますと、案内役の保線課員は片山助役へ、四遍目の事故があったのは昨日の事だからもう後片附けは綺麗に済んでいる旨を断って、現場に関する一通りの説明を始めたんです。それに依りますと事故の現場は四遍共全く同じその地点であって、その度毎に、そこに立っている里程標《マイル・ポスト》と、それから枕木の四頭釘《よつあたまくぎ》――これはカーブに於ける線路の匐進《ふくしん》を防ぐために、軌条《レール》に接して枕木の上へ止木《チョック》を固定させる頑固な釘なんですが、その頭は、どの止木《チョック》のそれもそうである様に、普通五分位飛び出ているんです――で、つまりその釘の頭と里程標《マイル・ポスト》の両方に、それぞれ普通の藁縄の切れ端が着けられたままで残っておりました。
「……で、要するに」と保線課員が最後に附加えました。「……つまり犯人は、軌条《レール》の外側の止木《チョック》の釘と、反対側にある里程標《マイル・ポスト》との間へ縄を渡し、その軌条《レール》の中心に当る部分へ豚を縛りつけて轢殺したものであろう、と私達は思うのですが――」
 すると片山助役がこう言いました。
「じゃあ、どの豚公《ぶたこう》も皆殺される前までは生きてたんだね。でもそうすると、よくも縄で縛った位の事で逃げなかったものだ――犯人がカーブの地点を利用したのは、成る程、縛ってある豚を機関車に発見されて停車されるのを恐れたからだろうが、それでも、豚公の方では近附く轟音に驚いて、そんな藁縄位切ってしまいそうなものだ――」
 と、それから助役は、もうこの現場にはこれ以上の収穫がないと思ったのか、案内役へ、豚を盗まれた農家を訪ねたい旨を申出ました。
 やがて一行は桑畑の中の野道を通り越して、間もなく静かなB町の派出所へやって来ました。そこで厳《いかめ》しい八字髭の安藤巡査に案内を頼んで、四遍目の犠牲者を出した農家を訪ねる事が出来たんです。
 その家の主人と言うのは、五十がらみの体の大きなアバタ面《づら》の農夫ですが、一行を迎えると、臆病そうに幾度か頭を下げながら穢《きたな》いムッとする様な杉皮|葺《ぶき》の豚舎へ案内しました。そしてそこで、盗まれた白豚は自分の家の豚の中でも最も大切にしていたヨークシャー系の大白種《だいはくしゅ》で六十貫もある大牝だとか、あんなにムザムザ機関車に喰われてしまったんでは泣くに泣けんと言う様な事を、鼻声で愚痴り始めたんです。
 そこで片山助役は、安藤巡査へ、
「盗まれたのは、勿論轢かれた朝の夜中の事でしょうね?」
 と訊ねました。
「四件ともそうです」
 安藤巡査が答えました。
「一体どうやって盗み出すのですか?」
 すると安藤巡査は、
「この低い柵の開き扉《ど》を開けると、眠っていても直ぐ起きて来ますからそいつへ干菓子《ひがし》をくれてやるんです。喜んで従《つ》いて来ます」
 と、そこで助役が訊ねました。
「四遍共調査なさった結果、そうして盗まれたと言う事が判ったんですね?」
「そうです。四人の被害者の陳述は、大体そう言う風に一致しておりますからな」
 すると助役が言いました。
「一寸ご面倒ですが、前後四件の、それぞれの日附を聞かして下さいませんか?」
「正確な日附ですか?……ええと」安藤巡査はポケットからノートを取出して、「ええ最初は、二月の、十一日……次が、ええ二月十八日……それから、二月二十五日。そして昨日《きのう》の三月四日――と、それぞれの午前五時頃までの真夜中です」
「……ははあ、じゃあやッぱり……いや、すると七日目毎に盗《と》られたと言う事になるじゃあないですか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] とすると、今日は月曜日ですから、日月《にちげつ》……と、つまり日曜日の朝毎に盗《と》られたんですね」と助役は暫く考えていましたが、やがて「……いま、この町で、日曜日、いや日曜以外の日でもいいんですが、とにかく一週間に一度ずつ定期的に繰返される一切の変化――それはどんなに一寸したつまらないものでもいいのですが、例えば、会社、学校が毎日曜日に休むとか床屋、銭湯が何曜日に休業するとか、或は又何かの市《いち》が毎週何曜日に立つとか、どんな事でもいいんですから、とにかくこの町で七日目毎に起る事を、全部一
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