その話ってのが、そもそも私の過去に致命的な打撃を与えた、苦しい思い出だからなんです……さあ、この穢《きたな》らしい手紙なんですが……どうぞ、ご覧下さい……

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 お懐しいオサセン様。
 妾《わたし》は、十方舎の一人娘トヨでご座います。この手紙を貴男《あなた》がおヨミになる頃には、もう妾は少しも恥かしい事を知らない国へ行っております。だから妾は、どんな事でも申上げられると思います。どうぞ私の話を、お聞き下さい。
 妾は、子供の頃からふしあわせでご座いました。妾の家にはあまりお金がありませんでしたので、妾の父や母は、妾をヨソの子供さん達の様にしあわせにはしてくれませんでした。だから妾は恰度いまから四年前の十九の年に、ふとした事から右足に小さなキズをした時にも充分に医者にかかる事も出来ませんでした。するとそのキズからバイキンが入って、妾はタンドクと言う病気にかかりました。でもおどろいて医者にかかりましたのでその病気はまもなく治りましたが、又半年程すると、今度はサイハツタンドクと言う、先の病気とよく似た病気にかかりました。今度はなかなか治りませんでした。そして妾は、ゾウヒビョウと言う恐ろしい病気に続けてかかってしまい、妾の両脚はとてもとても人様に見せられない様な、それはそれはみにくいものになってしまいました。医者は死ぬ様な事はないが、元の通りには治らないと言いました。そして毎年春や秋が近づくと、妾の両脚は、一層ひどくはれるのでご座います。
 お懐しいオサセン様。
 なんと言う妾はふしあわせな女でしょう。妾は父や母をノロいたくなりました。でもその頃から、父や母の妾に対するたいどは、ガラリと変りました。
 父はもう夢中で、妾を何より大事にしてくれる様になりました。母は、毎日毎日妾に対してすまないすまないと、気狂いの様に言っておりました。ああそして、本当に母は気狂いになってしまいました。
 それは恰度三年前の、冷い雨の降る秋の夜の事でした。気の狂った母は裸足のままで家を飛び出して、とうとう陸橋の下で汽車にひかれて死んでしまったのです。
 でもお懐しいオサセン様。
 その時の汽車の運テン手が、貴男《あなた》だったのでご座います。そして、なんと言う貴男は親切なおかたでしょう。妾の母のタマシイのために、貴男は花環をたむけて下さいました。そしてそれから後も、時々人を
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