過ぎてしまったんです。
「……ふむ。先生、この張込みに感付いたな。よし。もうこの上は、直接十方舎へ乗り込もう」
 とうとう助役は、そう言って不機嫌そうに立上りました。
 やがて一行は、B駅から直ぐ次の旅客列車に乗ってH駅へ来ました。そしてもう夜の明け切った構内を横切って、十方舎へ行くべく機関庫の方へ歩いて行ったんです。と、どうした事でしょう、「葬式《とむらい》機関車」の「オサ泉」と助手の杉本が、テクテクやって来るんです。見れば、杉本の例の鼻の下の煤が、いつの間にか綺麗に拭き取られているんじゃないですか!
 杉本は、一行を認めると大袈裟な顔付で、
「とうとう又|殺《や》っちゃいましたよ」
「なに又殺った※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 と、助役が思わず叫びました。
 すると杉本は、
「ええ、確かに手応《てごたえ》がありましたよ。この駅のホンの一丁程向うの陸橋《ブリッジ》の下です。しかもねえ、機関車《おかま》の車輪《わっぱ》にゃあ、今度ア女の髪の毛が引ッ掛ってましたよ。豚じゃねえんです――」
 で早速彼等は、十方舎の親爺の逮捕をとりあえず警官に任せて、大急ぎで逆戻りをしました。そして間もなく、H駅の西へ少し出外《ではず》れた轢死の現場へやって来たんです。
 恰度朝の事で、冷え冷えとした陸橋《ブリッジ》の上にも、露に濡れた線路の上にも、もう附近の弥次馬達が、夥しい黒山を作っていました。――その黒山を押崩す様にして分け入った一行の感覚へ、真ッ先にピンと来た奴は、ナマナマ[#「ナマナマ」に傍点]しい血肉の匂いです。続いて彼等は足元に転っている凄惨な女の生首《なまくび》を見ました。――頭顱《あたま》が上半分欠けて、中の脳味噌と両方の眼玉が何処かへ飛んでしまい、眼窩《めのあな》から頭蓋腔《あたまのなか》を通して、黒血のコビリ着いた線路の砂利が見えます。――でもその眼玉のガラン洞になった半欠《はんかけ》の女の顔を見ている内に、追々に彼等は、それが、あの、葬具屋の娘――である事に気付いて来たんです。
 それから彼等は、助役に引ッ張られて、顫《ふる》えながらもうひとつ奥へ進んで行きました。そしてそこで、線路の上へ転っているものを見た時に、一行は思わず嘔吐を催しました。
 ――それは、股の着根《つけね》から切断された両脚らしいものですが、殆ど全体に亙って太さが直径八、九寸近くもある
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