変しました。
それは多分、夜中の三時頃でしたでしょうか、助役は部下の一人――吉岡と言う男ですが――を叩き起して外出の支度をすると、眠《ね》不足でフラフラしている彼を引張る様にして、自動車に乗り込んだのです。
何処《どこ》をどう疾《はし》ったのか吉岡には一向に判りませんでしたが、とにかく半時間近くも闇の中を飛ばし続けた片山助役は、と或る野原で自動車を降りると、自動車《くるま》は其処へ待たして置いて、吉岡へ静かに従《つ》いて来る様|眼配《めくば》せして傍らの松林へ這入って行ったんです。吉岡は段々眼が覚《さ》めて来ました。そして間もなく灌木の間の闇の中へ助役と二人でどっかと腰を下ろした時には、彼等の前方十|間《けん》位の処が松林の外《はず》れになっていて、その直ぐ向うはあのB駅に近いカーブの鉄道線路である事が判ったんです。夜露で、寒くなって来るにつれて、吉岡の頭は少しずつハッキリして来ました。そして追々に助役のしている事が判って来たんです。助役の腕の夜光時計は四時三十分を指しています。成る程考えて見ればいまはまさに三月十一日――日曜日の早朝です。あの奇怪な豚盗人が、五度《いつたび》ここへやって来るものと助役は睨んでいるに違いない――そう思うと吉岡は一層身内が引緊《ひきしま》る様な寒気を覚えて、外套の襟に顔を埋めながら助役の側へ小さくなってしまいます。
恰度四時四十二分に夜行の旅客列車が物凄い唸りを立てて、直ぐ眼の前の上り線路を驀進《ばくしん》して行きました。そして辺《あたり》は再び元の静寂《しじま》に返ったのです。が、それからものの五分と経たない内に、助役が急にキッとなって吉岡の肩先をしたたかにこ[#「こ」に傍点]突いたんです。
吉岡は思わず固唾《かたず》を飲みました。
――成る程、桑畑の間の野道の方から、極めて遠くはあるが、小さな、低い、それでいて何となく満足そうな豚の鳴声が夢の様に聞えて来ます。
二分もする内に追々にその声は近附き、間もなく道床の砂利を踏む跫音《あしおと》が聞えて、線路の上へ真ッ黒い人影が現れました。星明りにすかして見れば、どうやら外套らしいものの裾にズボンをはいた足が見えます。そしてその足の向側を、今度は何処の農家から盗まれて来たのか大きな白豚が、ヴイ、ヴイ、と鳴きながら縄らしいもので引かれて来るんです。男は時々腰を屈めては何か餌らしいも
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