よりも、なんかこう、ぞくぞくするような別の魅力があって、とても面白いんだそうですよ……飛んでもないことですが、まったく、一人の人間が罪になるかならぬかで決るんですから、そりゃアただの博奕なんかよりは性《しょう》が悪いだけに、それだけまた面白いんでしょう……いや、競馬どころの騒ぎじゃアありませんよ……それで、最初は、二、三人の仲間同志でやってたんだそうですが、もともと玄人《くろうと》同志がやってたんでは互《たがい》損《そん》ですから、やがて素人《しろうと》を引入れ始めたんです……つまり、休憩で退廷した時なぞに、休憩室で遊び半分の傍聴者を誘って、今度の事件はどうなるでしょう、なんてことを引ッ懸りにして、それじゃアひとつ賭をやろうじゃアありませんか、とまア、そんな風に仲間に引入れるんです。むろん勝敗の結果は、やっぱり玄人側の方がいつも出掛けて裁判の成行きと云うようなものになれ[#「なれ」に傍点]て来てますので、多少ともずぶ[#「ずぶ」に傍点]の素人よりは、先見の明《めい》ったようなものが出来てますので、勝が多い――図に乗って、だんだん病が深入りし、とうとう今度のように、証拠不充分で皆目見当のつかないような裁判に、女房なんか使ってトテツもない大それた事をしはじめたんです……
 いやまったく、呆れ果ててものが云えませんよ……しかし、それにしてもその青山さんの電光石火ぶりには、ほとほと感心しましたよ……なんでも青山さんは、最初菱沼さんから詳しく話を聞いた時に、どうも「つぼ半」の女将が、どっちへ転ぶか判らんような事件にばっかり登場することや、どの被告人とも全然無関係で、被告や検事から呼び出したのでなく自分の方から話を持ちかけて出頭していることや、証拠物件はなく、ただ見たとか見なかったとかの証言ばかりだ、なぞと云うようないろいろの点を考え合せて、どうもこれは女将が法廷の事情に明るいところから見て、きっと法廷内に誰れか相棒がいるに違いないと狙いをつけて、まず傍聴人の仲間入りをしたわけなんです。それで傍聴席や休憩室で早くも妙な気配を感ずると、早速私に命じて例の写真をとらしたんです。その写真を、直ぐに現像すると青山さんは、「つぼ半」へ遊びに上ったんだそうですが、そこで何気なく女中にその写真を見せてカマをかけると「おや、この中に、うちの旦那さんがいる」ってことが判って、それで、いよいよ、あの一網打尽の大捕物ってことになったんです……え? ええそりゃアもう、女将は、亭主同様重罪でしたよ。
[#地付き](「新青年」昭和十一年九月号)



底本:「とむらい機関車」国書刊行会
   1992(平成4)年5月25日初版第1刷発行
   1992(平成4)年5月25日初版第1刷発行
底本の親本:「新青年」博文館
   1936(昭和11)年9月号
初出:「新青年」博文館
   1936(昭和11)年9月号
入力:大野晋
校正:川山隆
2009年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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