て、大分てまどり、結局判決は翌日に廻されることになったんです。
 そして閉廷になると、早速青山さんは……なかなか元気のいい人でしたよ……私のとこへ来て、叮寧に礼まで云われながら、例の写真機を持って帰って行かれましたが、いやしかし、それに引きかえて菱沼さんは、少なからずいらいらしてみえましたよ。そしてこの菱沼さんの「いらいら」は翌《あく》る日まで持越されていたんです……もっとも無理もないんで、その問題の翌る日になって、いよいよ開廷時間が迫るまで、どうしてしまったのか肝心|要《かなめ》の青山さんが、とんと姿を見せなかったんですからね……
 さて、いよいよその当日のことです。
 青山さんは姿を見せない。時間は追々迫ります。有罪か? 無罪か? どのみち今日は判決が下されます。このままで行けば、とても有罪は免れまい――菱沼さんは気が気ではありません。しかし時間のほうは待ってくれません。やがてまず、傍聴人達がドヤドヤと入廷します。続いて書記さんが、書類を持って登壇する。その後から検事さん、裁判長。一方前の平場《ひらば》へは、被告人、菱沼さん、と云った風に、ま、昨日《きのう》の公判廷と同じような顔触れが揃ったんです……もっとも菱沼さんはひどくそわそわして辺りを見廻してばかりいましたがね……
 ところが、そうして皆んなの顔触れが揃うと、まるで皆んなが入廷してしまうのを待ってでもいたように……どうです、ひょっこり青山さんが、入口に現れたんです。そして、少なからず周章《あわ》ててしまった菱沼さんには、物も云わず、壇上の裁判長に、ちょっと、こう眼で会釈したんです。するともう、予《かね》て打合せてでもしてあったと見えて、裁判長が、黙って頷いたんです……いや、驚きましたよ……ところがどうです。すると青山さんは、戸外《そと》の後ろを振返って、チラッと誰かに眼配《めくばせ》したんですが、その合図を待ってたように、多勢の警官達がドヤドヤッと法廷へ雪崩《なだ》れ込んで来たんですよ……驚きましたね……
 いったい、警官達は誰を捕えに来たと思います……え? 飛んでもない……はいって来た警官達は、すぐにバラバラと散り拡がると、どうです、キチンと着席して、これから始まろうと云う公判を固唾《かたず》を飲んで待ちかまえていた傍聴人を――そうですね、十四人でしたかね。もっとも被告の関係者は別ですがね……とにかくその、なんのとが[#「とが」に傍点]も関係もなさそうなアカの他人の傍聴人達を、グルッと取巻いちまったんです。一網打尽って形ですよ……いや全く、面喰《めんくら》いましたよ……すると、真ッ先にその傍聴群の真中へんにいた、こうゴルフ・パンツとかって奴をはいた男が、鳥打帽子をひッつかんでバタバタと逃げだしたんです。むろん、直ぐに押えられましたよ。すると青山さんが、その男の前へ行って、
「あんたが、福田きぬさんの御亭主でしょう? ちょっと身体検査をさして貰います」
 とすぐに警官の手によって上着をムキ取られてしまったんですが、するとどうです、チョッキのかくしから、茶色の封筒が一枚抜き出されて来たんですが、開けてみると、中から小さな紙片《かみきれ》が、なんでも十二、三枚出て来ましたよ……それでその紙片には「無罪 片岡八郎《かたおかはちろう》」だとか、「無罪 小田清一《おだせいいち》」だとか、「有罪 峰野義明《みねのよしあき》」だとか、まるでなんかの入れ札みたいな調子で、てんでに勝手な判決文みたいな、無罪だとか有罪だとかって文字が、名前と一緒に書いてあるんです……もっとも七分通りは無罪が多かったんですがね……いや、むろんそうしている間にも、捕えられた傍聴人達は、あっちこっちで各々抵抗したり、格闘したりしておりましたが、やがて主だった警官の命令で、全部引立てられ、いつの間にか裁判所の前に止まって待っていたトラックに積まれて、警察へ運ばれて行きました……。
 一方、間の抜けた法廷では、やがて裁判長が立上がると、あとに残った少しばかりの人々に向って、
「都合により、判決は、明日に延期します」
 ってやったんです。――静かなもんでしたよ……

 いや、もうお判りになったでしょう……その連中は、妙な博奕《ばくち》を打ってたんですよ。なんでも、あとから詳しく青山さんの御説明を聞いたんですが、むろんこの首謀者は、「つぼ半」の女将の亭主なんですがね、これがまた、あとで泥を吐いたところによると、実に不敵な悪党でしてね、もうずっと以前《まえ》から法廷で博奕をやってたってんですよ。……つまり、常連の傍聴人になり済まして、傍聴しつつある窃盗事件や詐欺事件や、その他いろいろの事件に就いて、有罪か? 無罪か? と云うことに金を賭けて勝負を決するんです。なんでもゴルフ・パンツの云うことにゃ、こいつあ、どんな博奕
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