ヨ行《ゆ》け、さうして、あたしをお忘《わす》れになつたかと申上《まをしあ》げて呉《く》れよ。
 幼児《をさなご》は黙《だま》つて、あたしを見《み》つめてくれた。この森蔭《もりかげ》の端《はづれ》まであたしは一緒《いつしよ》に行《い》つてやつた。此児《このこ》は顫《ふる》へもしずに歩《ある》いて行《ゆ》く。終《つひ》にその赤《あか》い髪《かみ》の毛《け》が、遠《とほ》く日《ひ》の光《ひかり》に消《き》えるまで見送《みおく》つた。「幼児《をさなご》の御主《おんあるじ》よ、われをも拯《たす》け給《たま》へ。」このかた、かた、いふ木札《きふだ》の音《おと》が、浄《きよ》い鐘《かね》の音《ね》の如《ごと》く、願《ねが》はくは、あなたの御許《おんもと》までも達《とゞ》くやうに。頑是無《ぐわんぜな》い者《もの》たちの御主《おんあるじ》よ、われをも拯《たす》け給《たま》へ。



底本:「定本 上田敏全集 第一巻」教育出版センター
   1978(昭和53)年7月25日発行
底本の親本:「上田敏全集 第二巻」改造社
   1928(昭和3)年
初出:「三田文学 第四巻第三号」
   1913(大正2)
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