B顔《かほ》は今《いま》どんなだか知《し》らぬ。手《て》を見《み》ると竦《ぞつ》とする。鱗《こけ》のある鉛色《なまりいろ》の生物《いきもの》のやうに、眼《め》の前《まへ》にそれが動《うご》いてゐる。噫《あゝ》、切《き》つて了《しま》ひたい。此手《このて》の触《さは》つた所《ところ》も忌《いま》はしい。紅《あか》い木《こ》の実《み》を摘取《つみと》ると、すぐそれが汚《けが》れて了《しま》ひ、ちよいと草木《くさき》の根《ね》を穿《ほじ》つても、この手《て》が付《つ》くと凋《しぼ》んでゆく。「世《よ》の人々《ひとびと》の御主《おんあるじ》よ、われをも拯《たす》け給《たま》へ。」此世《このよ》の御扶《おんたすけ》も蒼白《あをじろ》いこのわが罪業《ざいごふ》は贖《あがな》ひ給《たま》はなかつた。わが身《み》は甦生《よみがへり》の日《ひ》まで忘《わすれ》られてゐる。冷《つめ》たい月《つき》の光《ひかり》に射《さ》されて、人目《ひとめ》に掛《かゝ》らぬ石《いし》の中《なか》に封込《ふうじこ》められた蟾蜍《ひきがへる》の如《ごと》く、わが身《み》は醜《みにく》い鉱皮《くわうひ》の下《した》に押《お》し
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