ト《こ》められてゐる時《とき》、ほかの人《ひと》たちは清浄《しやうじやう》な肉身《にくしん》で上天《じやうてん》するのだらう。「世《よ》の人々《ひとびと》の御主《おんあるじ》よ、われをも罪《つみ》無《な》くなし給《たま》へ、この癩病《らいびやう》に病《や》む者《もの》を。」噫《あゝ》、淋《さむ》しい、あゝ、恐《こは》い。歯《は》だけに、生来《しやうらい》の白《しろ》い色《いろ》が残《のこ》つてゐる。獣《けもの》も恐《こは》がつて近《ちか》づかず、わが魂《たましひ》も逃《に》げたがつてゐる。御扶手《おんたすけて》、此世《このよ》を救《すく》ひ給《たま》うてより、今年《ことし》まで一千二百十二年《いつせんにひやくじふにねん》になるが、このあたしにはお拯《たすけ》が無《な》い。主《しゆ》を貫通《つきとほ》した血染《ちぞめ》の槍《やり》がこの身《み》に触《さは》らないのである。事《こと》に依《よ》つたら、世《よ》の人《ひと》たちの有《も》つてゐる主《しゆ》の御血汐《おんちしほ》で、この身《み》が癒《なほ》るかも知《し》れぬ。血《ち》を思《おも》ふことも度々《たびたび》だ。この歯《は》なら咬付《かみつ》ける。真白《まつしろ》の歯《は》だ。主《しゆ》はあたしに下《くだ》さらなかつたので、主《しゆ》に属《ぞく》する者《もの》を捉《つかま》へたくなつて堪《たま》らない。さてこそ、あたしは、※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンドオムの地《ち》から、このロアアルの森《もり》へ下《お》りて来《く》る幼児《をさなご》たちを跟《つ》けて来《き》た。幼児《をさなご》たちは皆《みな》十字架《クルス》を背負《しよ》つて、主《しゆ》の君《きみ》に仕《つか》へ奉《たてまつ》る。してみるとその体《からだ》も主《しゆ》の御体《おんからだ》、あたしに分《わ》けて下《くだ》さらなかつたその御体《おんからだ》だ。地上《ちじやう》にあつて、この蒼白《あをじろ》い苦患《くげん》に取巻《とりま》かれてゐるわが身《み》は、今《いま》この無垢《むく》の血《ち》を有《も》つてゐる主《しゆ》の幼児《をさなご》の頸《くび》に血《ち》を吸取《すひと》つてやらうと、こゝまで見張《みは》つて来《き》たのである。「恐《おそれ》の日《ひ》に当《あた》りて、わが肉《にく》新《あらた》なるべし。」衆《みんな》の後《あと》から、髪《かみ》
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
上田 敏 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング