ネる異端がある。わが心、今疲れ倦んで惑ふ。或は罰も下し難く、また赦免も与へ難いのであらうか。われらの過去を憶へば決断に躊躇する。此身はまだ奇跡を見たことが無い、心の暗を照し給へよ。或はこれが奇跡なるか。主《しゆ》は如何なる休徴《しるし》を彼等に与へ給ひしぞ。時は今来たか。わが身の如き老いたる者も、君の清き幼児のやうに白かれと御意し給ふか。噫、七千人。たとひ信仰に無知なりとも、七千人の幼児《インノセンス》が無知を罰し給ふか。われも亦インノセンスといふ。主《しゆ》よ、われも彼等の如く罪は無い。老《おい》の極《きはみ》のこの身を罰し給ふ勿れ。彼等の願望は決して成就しまいと、永い歳月は予に教へる。それとも、これが奇跡であらうか。他の冥想の時の如く、密房は今寂としてゐる。現身に立出で給へと求め奉る事の無益なるは勿論ながら、わが老年の高みより、法王職の高みより祈り奉る。願はくは教へ給へ。今は何にも解らぬ。主《しゆ》よ、彼等は君が憐れなる幼児《インノセンス》である。而してわれ、インノセンスには、すべて、わからぬ、わからぬ。



底本:「定本 上田敏全集 第一巻」教育出版センター
   1978(昭
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