oグダットの帝王は遠い其宮殿に待伏してゐる、或はあらくれの船乗の手に落ちて人買に売られる。
主《しゆ》よ、教法の掟に従つて、言上する事を、容し給へ。必定、この小児十字軍は善い業《わざ》で無い。之が為に御墓の恢復は思ひもよらぬ。唯、正しき信仰の外端《へり》に※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]ふ浮浪の徒を増すばかりである。わが司祭等は之を保護しえまい。あの憐れなる者どもには確に悪魔が憑《つ》いた。彼等は山上の豕の様に群を成して断崖の方に走つて行く。主《しゆ》よ、君のよく知り給ふ如く、悪魔は好んで幼児を捉へる。曽つて、彼は鼠取の姿を仮りて、其笛の音にハメリンの町の子等を誘《さそ》つた。子等は皆※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]エゼルの河中に溺れ死んだとも言ふ。又は、或る山の中腹に封じ籠まれたともいふ。信仰無き者の呵責される処へ、悪魔が幼児等を導かぬやう、用心せねばならぬ。主《しゆ》よ、君のよく知り給ふ如く、信仰の改変は善い事で無い。信仰はひとたび燃立つ叢《くさむら》に現れて、直《すぐ》に幕屋の中に収められた。後また髑髏《されかうべ》が丘の上、君が唇に洩れたことはあるが、之を聖体の器と筺とに蔵せよとの神慮であつた。今是等の稚い預言者等は君が教会の大厦を破砕しさうである。これは是非禁遏せねばならぬ。見よ、油にて清められたる吾等は君に奉仕して、白衣と長袍とを摩り耗らしつゝ、救を得ん為の一心に諸の誘惑に抗《はむか》つてゐる。さるを今己が為す行の何たるを弁へぬ彼等をも嘉し給はば即ち吾等司祭を貶しめ給ふに非ざるか。もとよりこれらの幼児を君の御許に到らしめたい、但し君が御教の道に依らねばならぬ。主《しゆ》よ、君が御掟に従つて、かくは言上し奉る。是等の幼児は、此儘にして終に死すべきか。願はくはインノセンスの治下に新しき幼児《インノセンス》の戮殺あらしむる勿れ。
噫、神よ、この僧冠を戴きて君が御諭を乞ひ奉る事を恕し給へ。老衰の身顫はまた襲ひ来る。この憐れなる手を見給へ。老い朽ち果てたる此身かな。幼児の信仰はもはやわが心に無い。この密房の壁に歳を経た其金色は、白らみ果ててゐる。御空の日の円影《まるかげ》も白らんでゐる。衣《ころも》も白い、涸れたわが心《むね》は清い。君が御掟に従つて言上し奉るのみ。世に大なる犯がある、極めて大なる犯がある。世に大なる異端がある、極めて大なる異端がある。わが心、今疲れ倦んで惑ふ。或は罰も下し難く、また赦免も与へ難いのであらうか。われらの過去を憶へば決断に躊躇する。此身はまだ奇跡を見たことが無い、心の暗を照し給へよ。或はこれが奇跡なるか。主《しゆ》は如何なる休徴《しるし》を彼等に与へ給ひしぞ。時は今来たか。わが身の如き老いたる者も、君の清き幼児のやうに白かれと御意し給ふか。噫、七千人。たとひ信仰に無知なりとも、七千人の幼児《インノセンス》が無知を罰し給ふか。われも亦インノセンスといふ。主《しゆ》よ、われも彼等の如く罪は無い。老《おい》の極《きはみ》のこの身を罰し給ふ勿れ。彼等の願望は決して成就しまいと、永い歳月は予に教へる。それとも、これが奇跡であらうか。他の冥想の時の如く、密房は今寂としてゐる。現身に立出で給へと求め奉る事の無益なるは勿論ながら、わが老年の高みより、法王職の高みより祈り奉る。願はくは教へ給へ。今は何にも解らぬ。主《しゆ》よ、彼等は君が憐れなる幼児《インノセンス》である。而してわれ、インノセンスには、すべて、わからぬ、わからぬ。
底本:「定本 上田敏全集 第一巻」教育出版センター
1978(昭和53)年7月25日発行
底本の親本:「上田敏全集 第二巻」改造社
1928(昭和3)年
初出:「藝文 第六年第一号」
1915(大正4)年1月
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※原題のうち「〔RE'CIT DU PAPE INNOCENT〕」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「RECIT DU PAPE INNOCENT」としました。
入力:ロクス・ソルス
校正:Juki
2009年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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