ひと時に、劫《ごう》の「心」の
捧げたる願文《がんもん》にこそ。光り匂ふ法《のり》の会《え》のため、
祥《さが》もなき預言《かねごと》のため、折からのけぢめはあれど、
例《いつ》も例《いつ》も堰《せ》きあへぬ思《おもひ》豊かにて切《せち》にあらなむ。
「日《ひ》」の歌は象牙にけづり、「夜《よる》」の歌は黒檀に彫《ゑ》り、
頭《かしら》なる華《はな》のかざしは輝きて、阿古屋《あこや》の珠《たま》と、
照りわたるきらびの栄《はえ》の臈《ろう》たさを「時《とき》」に示せよ。
小曲は古泉《こせん》の如く、そが表《おもて》、心あらはる、
うらがねをいづれの力しろすとも。あるは「命《いのち》」の
威力あるもとめの貢《みつぎ》、あるはまた貴《あて》に妙《たへ》なる
「恋」の供奉《ぐぶ》にかづけの纏頭《はな》と贈らむも、よし遮莫《さもあらばあれ》
三瀬川《みつせがは》、船はて処《どころ》、陰《かげ》暗き伊吹《いぶき》の風に、
「死」に払ふ渡《わたり》のしろと、船人《ふなびと》の掌《て》にとらさむも。
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恋の玉座 ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ
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心のよしと定《さだ》めたる「力」かずかず、たぐへみれば、
「真《まこと》」の唇《くち》はかしこみて「望《のぞみ》」の眼《まなこ》、天仰《そらあふ》ぎ
「誉《ほまれ》」は翼《つばさ》、音高《おとだか》に埋火《うづみび》の「過去《かこ》」煽《あふ》ぎぬれば
飛火《とぶひ》の焔《ほのほ》、紅々《あかあか》と炎上《えんじよう》のひかり忘却の
去《い》なむとするを驚《おどろか》し、飛《と》び翔《か》けるをぞ控へたる。
また後朝《きぬぎぬ》に巻きまきし玉の柔手《やはて》の名残よと、
黄金《こがね》くしげのひとすぢを肩に残しゝ「若き世」や
「死出《しで》」の挿頭《かざし》と、例《いつ》も例《いつ》もあえかの花を編む「命」。
「恋」の玉座《ぎよくざ》は、さはいへど、そこにしも在《あら》じ、空遠く、
逢瀬《あふせ》、別《わかれ》の辻風《つじかぜ》のたち迷ふあたり、離《さか》りたる
夢も通はぬ遠《とほ》つぐに、無言《しじま》の局奥深《つぼねおくふか》く、
設けられたり。たとへそれ、「真《まこと》」は「恋」の真心《まごころ》を
夙《つと》に知る可く、「望《のぞみ》」こそそを預言《かねごと》し、「誉《ほまれ》」こそ
そがためによく、「若き世」めぐし、「命」惜《を》しとも。
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春の貢 ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ
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草うるはしき岸の上《うへ》に、いと美《うる》はしき君が面《おも》、
われは横《よこた》へ、その髪を二つにわけてひろぐれば、
うら若草のはつ花も、はな白《じろ》みてや、黄金《こがね》なす
みぐしの間《ひま》のこゝかしこ、面映《おもはゆ》げにも覗《のぞ》くらむ。
去年《こぞ》とやいはむ今年とや年の境《さかひ》もみえわかぬ
けふのこの日や「春」の足、半《なかば》たゆたひ、小李《こすもも》の
葉もなき花の白妙《しろたへ》は雪間がくれに迷《まど》はしく、
「春」住む庭の四阿屋《あづまや》に風の通路《かよひぢ》ひらけたり。
されど卯月《うづき》の日の光、けふぞ谷間に照りわたる。
仰ぎて眼《まなこ》閉ぢ給へ、いざくちづけむ君が面、
水枝《みづえ》小枝《こえだ》にみちわたる「春」をまなびて、わが恋よ、
温かき喉《のど》、熱き口、ふれさせたまへ、けふこそは、
契《ちぎり》もかたきみやづかへ、恋の日なれや。冷かに
つめたき人は永久《とこしへ》のやらはれ人と貶《おと》し憎まむ。
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心も空に ダンテ・アリギエリ
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心も空に奪はれて物のあはれをしる人よ、
今わが述ぶる言の葉の君の傍《かたへ》に近づかば
心に思ひ給ふこと応《いら》へ給ひね、洩れなくと、
綾《あや》に畏《かし》こき大御神《おほみかみ》「愛」の御名《みな》もて告げまつる。
さても星影きらゝかに、更《ふ》け行く夜《よる》も三つ一つ
ほとほと過ぎし折しもあれ、忽ち四方《よも》は照渡り、
「愛」の御姿《みすがた》うつそ身に現はれいでし不思議さよ。
おしはかるだに、その性《さが》の恐しときく荒神《あらがみ》も
御気色《みけしき》いとゞ麗はしく在《いま》すが如くおもほえて、
御手《みて》にはわれが心《しん》の臓《ぞう》、御腕《おんかひな》には貴《あて》やかに
あえかの君の寝姿《ねすがた》を、衣《きぬ》うちかけて、かい抱《いだ》き、
やをら動かし、交睫《まどろみ》の醒《さ》めたるほどに心《しん》の臓《ぞう》、
さゝげ進むれば、かの君も恐る恐るに聞
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