清らなれと、
いつまでも、かくは妙にあれと、
いのらまし、花のわがめぐしご。
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ルビンスタインのめでたき楽譜に合せて、ハイネの名歌を訳したり。原の意を汲《く》みて余さじと、つとめ、はた又、句読停音すべて楽譜の示すところに従ひぬ。[#地から1字上げ]訳者
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瞻望《せんぼう》 ロバアト・ブラウニング
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怕《おそ》るゝか死を。――喉塞《のどふた》ぎ、
おもわに狭霧《さぎり》、
深雪《みゆき》降り、木枯荒れて、著《し》るくなりぬ、
すゑの近さも。
夜《よる》の稜威暴風《みいづあらし》の襲来《おそひ》、恐ろしき
敵の屯《たむろ》に、
現身《うつそみ》の「大畏怖《だいいふ》」立てり。しかすがに
猛《たけ》き人は行かざらめやも。
それ、旅は果て、峯は尽きて、
障礙《しようげ》は破《や》れぬ、
唯、すゑの誉《ほまれ》の酬《むくい》えむとせば、
なほひと戦《いくさ》。
戦《たたかひ》は日ごろの好《このみ》、いざさらば、
終《をはり》の晴《はれ》の勝負せむ。
なまじひに眼《まなこ》ふたぎて、赦《ゆ》るされて、
這《は》ひ行くは憂《う》し、
否|残《のこり》なく味《あぢは》ひて、かれも人なる
いにしへの猛者《もさ》たちのやう、
矢表《やおもて》に立ち楽世《うましよ》の寒冷《さむさ》、苦痛《くるしみ》、暗黒《くらやみ》の
貢《みつぎ》のあまり捧げてむ。
そも勇者には、忽然《こつねん》と禍福《わざはひふく》に転ずべく
闇《やみ》は終らむ。
四大《したい》のあらび、忌々《ゆゆ》しかる羅刹《らせつ》の怒号《どごう》、
ほそりゆき、雑《まじ》りけち
変化《へんげ》して苦も楽《らく》とならむとやすらむ。
そのとき光明《こうみよう》、その時|御胸《みむね》
あはれ、心の心とや、抱《いだ》きしめてむ。
そのほかは神のまにまに。
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出現 ロバアト・ブラウニング
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苔《こけ》むしろ、飢ゑたる岸も
春来れば、
つと走る光、そらいろ、
菫《すみれ》咲く。
村雲のしがむみそらも、
こゝかしこ、
やれやれて影はさやけし、
ひとつ星。
うつし世の命を耻《はぢ》の
めぐらせど、
こぼれいづる神のゑまひか、
君がおも。
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岩陰に ロバアト・ブラウニング
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一
嗚呼《ああ》、物古《ものふ》りし鳶色《とびいろ》の「地《ち》」の微笑《ほほゑみ》の大《おほ》きやかに、
親しくもあるか、今朝《けさ》の秋、偃曝《ひなたぼこり》に其骨《そのほね》を
延《のば》し横《よこた》へ、膝節《ひざぶし》も、足も、つきいでて、漣《さざなみ》の
悦《よろこ》び勇み、小躍《こをどり》に越ゆるがまゝに浸《ひ》たりつゝ、
さて欹《そばた》つる耳もとの、さゞれの床《とこ》の海雲雀《うみひばり》、
和毛《にこげ》の胸の白妙《しろたへ》に囀《てん》ずる声のあはれなる。
二
この教こそ神《かん》ながら旧《ふ》るき真《まこと》の道と知れ。
翁《おきな》びし「地《ち》」の知りて笑《ゑ》む世の試《こころみ》ぞかやうなる。
愛を捧げて価値《ねうち》あるものゝみをこそ愛しなば、
愛は完《まつ》たき益にして、必らずや、身の利とならむ。
思《おもひ》の痛み、苦みに卑《いや》しきこゝろ清めたる
なれ自らを地に捧げ、酬《むくひ》は高き天《そら》に求めよ。
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春の朝 ロバアト・ブラウニング
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時は春、
日は朝《あした》、
朝《あした》は七時、
片岡《かたをか》に露みちて、
揚雲雀《あげひばり》なのりいで、
蝸牛枝《かたつむりえだ》に這《は》ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
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至上善 ロバアト・ブラウニング
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蜜蜂の嚢《ふくろ》にみてる一歳《ひととせ》の香《にほひ》も、花も、
宝玉の底に光れる鉱山《かなやま》の富も、不思議も、
阿古屋貝《あこやがひ》映《うつ》し蔵《かく》せるわだつみの陰も、光も、
香《にほひ》、花、陰、光、富、不思議及ぶべしやは、
玉《ぎよく》よりも輝く真《まこと》、
珠《たま》よりも澄みたる信義、
天地《あめつち》にこよなき真《まこと》、澄みわたる一《いち》の信義は
をとめごの清きくちづけ。
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ブラウニングの楽天説は、既に二十歳の作「ポオリイン」に顕《あらは》れ、「ピパ」の歌、「神、そらにし
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