の光まばゆきを。

一天霽《いつてんは》れて、そが下に、かゝる炎の野はあれど、
物鬱《ものうつ》として、寂寥《せきりよう》のきはみを尽すをりしもあれ、
皺《しわ》だむ象の一群よ、太しき脚の練歩《ねりあし》に、
うまれの里の野を捨てゝ、大沙原《おほすなばら》を横に行く。

地平のあたり、一団の褐色《くりいろ》なして、列《つら》なめて、
みれば砂塵を蹴立てつゝ、路無き原を直道《ひたみち》に、
ゆくてのさきの障碍《さまたげ》を、もどかしとてや、力足《ちからあし》、
蹈鞴《たたら》しこふむ勢《いきほひ》に、遠《をち》の砂山崩れたり。

導《しるべ》にたてる年嵩《としかさ》のてだれの象の全身は
「時」が噛みてし、刻みてし老樹の幹のごと、ひわれ
巨巌の如き大頭《おほがしら》、脊骨《せぼね》の弓の太しきも、
何の苦も無く自《おの》づから、滑《なめ》らかにこそ動くなれ。

歩遅《あゆみおそ》むることもなく、急ぎもせずに、悠然と、
塵にまみれし群象をめあての国に導けば、
沙《すな》の畦《あぜ》くろ、穴に穿《うが》ち、続いて歩むともがらは、
雲突く修験山伏《すげんやまぶし》か、先達《せんだつ》の蹤蹈《あとふん》でゆく。

耳は扇とかざしたり、鼻は象牙《ぞうげ》に介《はさ》みたり、
半眼《はんがん》にして辿《たど》りゆくその胴腹《どうばら》の波だちに、
息のほてりや、汗のほけ、烟《けむり》となつて散乱し、
幾千万の昆虫が、うなりて集《つど》ふ餌食《ゑじき》かな。

饑渇《きかつ》の攻《せめ》や、貪婪《たんらん》の羽虫《はむし》の群《むれ》もなにかあらむ、
黒皺皮《くろじわがは》の満身の膚《はだへ》をこがす炎暑をや。
かの故里《ふるさと》をかしまだち、ひとへに夢む、道遠き
眼路《めぢ》のあなたに生ひ茂げる無花果《いちじゆく》の森、象《きさ》の邦《くに》。

また忍ぶかな、高山《たかやま》の奥より落つる長水《ちようすい》に
巨大の河馬《かば》の嘯《うそぶ》きて、波濤たぎつる河の瀬を、
あるは月夜《げつや》の清光に白《しろ》みしからだ、うちのばし、
水かふ岸の葦蘆《よしあし》を蹈《ふ》み砕きてや、降《お》りたつを。

かゝる勇猛沈勇の心をきめて、さすかたや、
涯《きはみ》も知らぬ遠《をち》のすゑ、黒線《くろすぢ》とほくかすれゆけば、
大沙原《おほすなはら》は今さらに不動のけはひ、神寂《かみさ》びぬ。
身動《みじろぎ》迂《うと》き旅人《たびうど》の雲のはたてに消ゆる時。
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ルコント・ドゥ・リイルの出づるや、哲学に基《もとづ》ける厭世《えんせい》観は仏蘭西《フランス》の詩文に致死の棺衣《たれぎぬ》を投げたり。前人の詩、多くは一時の感慨を洩《もら》し、単純なる悲哀の想を鼓吹するに止《とどま》りしかど、この詩人に至り、始めて、悲哀は一種の系統を樹《た》て、芸術の荘厳を帯ぶ。評家久しく彼を目するに高踏派の盟主を以てす。即《すなは》ち格調定かならぬドゥ・ミュッセエ、ラマルティイヌの後に出《い》で、始て詩神の雲髪を捉《つか》みて、これに峻厳《しゆんげん》なる詩法の金櫛《きんしつ》を加へたるが故也。彼常に「不感無覚」を以て称せらる。世人|輙《やや》もすれば、この語を誤解して曰《いは》く、高踏一派の徒、甘《あまん》じて感情を犠牲とす。これ既に芸術の第一義を没却したるものなり。或は恐る、終《つひ》に述作無きに至らむをと。あらず、あらず、この暫々《しばしば》濫用せらるる「不感無覚」の語義を芸文の上より解する時は、単に近世派の態度を示したるに過ぎざるなり。常に宇宙の深遠なる悲愁、神秘なる歓楽を覚ゆるものから、当代の愚かしき歌物語が、野卑陳套《やひちんとう》の曲を反復して、譬《たと》へば情痴の涙に重き百葉の軽舟、今、芸苑の河流を閉塞《へいそく》するを敬せざるのみ。尋常世態の瑣事《さじ》、奚《いづくん》ぞよく高踏派の詩人を動さむ。されどこれを倫理の方面より観むか、人生に対するこの派の態度、これより学ばむとする教訓はこの一言に現はる。曰く哀楽は感ず可く、歌ふ可し、然も人は斯多阿《ストア》学徒の心を以て忍ばざる可からずと。かの額付《ひたひつき》、物思はしげに、長髪わざとらしき詩人等もこの語には辟易《へきえき》せしも多かり。さればこの人は芸文に劃然《かくぜん》たる一新機軸を出しし者にして同代の何人よりも、その詩、哲理に富み、譬喩《ひゆ》の趣を加ふ。「カイン」「サタン」の詩二つながら人界の災殃《さいおう》を賦《ふ》し、「イパティイ」は古代衰亡の頽唐美《たいとうび》、「シリル」は新しき信仰を歌へり。ユウゴオが壮大なる史景を咏《えい》じて、台閣の風ある雄健の筆を振ひ、史乗逸話の上に叙情詩めいたる豊麗を与へたると並びて、ルコント・ドゥ・リイルは、伝説に、史蹟に、内部の精
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