思へば。
高樫《たかがし》の路われはゆかじな、
秦皮《とねりこ》や、赤楊《はんのき》の路《みち》、
日のかたや、都のかたや、水のかた、
なべてゆかじな。
噫《ああ》、小路《こみち》、
血やにじむわが足のおと、
死したりと思ひしそれも、
あはれなり、もどり来たるか、
地響《じひびき》のわれにさきだつ。
噫、小路、
安逸の、醜辱《しゆうじよく》の、驕慢の森の小路よ、
あだなりしわが世の友か、吹風《ふくかぜ》は、
高樫《たかがし》の木下蔭《このしたかげ》に
声はさやさや、
涙《なみだ》さめざめ。
あな、あはれ、きのふゆゑ、夕暮悲し、
あな、あはれ、あすゆゑに、夕暮苦し、
あな、あはれ、身のゆゑに、夕暮重し。
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愛の教 アンリ・ドゥ・レニエ
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いづれは「夜《よる》」に入る人の
をさな心も青春も、
今はた過ぎしけふの日や、
従容《しようよう》として、ひとりきく、
「冬篳篥《ふゆひちりき》」にさきだちて、
「秋」に響かふ「夏笛」を。
(現世《げんぜ》にしては、ひとつなり、
物のあはれも、さいはひも。)
あゝ、聞け、楽《がく》のやむひまを
「長月姫《ながづきひめ》」と「葉月姫《はづきひめ》」、
なが「憂愁」と「歓楽」と
語らふ声の蕭《しめ》やかさ。
(熟しうみたるくだものゝ
つはりて枝や撓《たわ》むらむ。)
あはれ、微風《そよかぜ》、さやさやと
伊吹《いぶき》のすゑは木枯《こがらし》を
誘ふと知れば、憂《う》かれども、
けふ木枯《こがらし》もそよ風も
口ふれあひて、熟睡《うまい》せり。
森蔭はまだ夏緑《なつみどり》、
夕まぐれ、空より落ちて、
笛の音《ね》は山鳩よばひ、
「夏」の歌「秋」を揺《そそ》りぬ。
曙《あけぼの》の美しからば、
その昼は晴れわたるべく、
心だに優しくあらば、
身の夜《よる》も楽しかるらむ。
ほゝゑみは口のさうび花《か》、
もつれ髪《がみ》、髷《わげ》にゆふべく、
真清水《ましみづ》やいつも澄みたる。
あゝ人よ、「愛」を命の法《のり》とせば、
星や照らさむ、なが足を、
いづれは「夜《よる》」に入らむ時。
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花冠 アンリ・ドゥ・レニエ
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途《みち》のつかれに項垂《うなだ》れて、
黙然《もくぜん》た
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