指物師の工場に、惡戯口《いたづらぐち》を浴せかける大工の姿も、冬は障子に圍まれて心安く、ぱつと燃えたつた鉋屑の火が、障子一ぱいになつて、凍つた道を照す時など、むらむらと暖い感情が湧いてこのままのこの思ひを書いておくるに適當した誰かに、この感情をそのまま書いて送りたいと思ふ。それも併しまた陽炎のやうに消えて、日々の營みに追ひつかれまいとあせつてゐるやうな、餘裕のない家内の空氣に息づまるやうな思ひをした。
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といふやうに、寒い國に青春時代をむかへた娘の心理に深く觸れ、其時代の空氣をよく現はしてゐる。そして女塾の友達に別れ心を張りつめて上京した彌生は、しばらくして後、白石初子に短い手紙を送つてゐる。
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「お手紙ありがたうよ、一ちやんのお寫眞もたしかに。そのうち悉しく御返事を書きます。ただ涙がこぼれます。」
ただこれだけで、感謝の意味で涙がこぼれるといふのか、または自分の身に關して泣けるといふのか、お粂には一寸わけがわからなかつた。
筆蹟といふものに殊に氣を付けた彌生の字とは思へない程字が亂れてゐた。
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 そこで此「娘」の一
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