たんは失望したが、しかし生食が出てこぬかぎり、味方の軍勢の中に磨墨以上の名馬はいないので、その点では彼は得意であつた。
 源太はある日駿河浮島原で小高い所にのぼり、目の前を行き過ぎるおびただしい馬の流れを見ていた。
 どの馬を見ても磨墨ほどの逸物はいないので彼はすつかり気をよくして上機嫌になつていた。するとどうしたことか、いよいよおしまいごろになつてまさしく生食にまぎれもない馬が出て来たのだ。
「馬をも人をもあたりを払つて食ひければ」と書いてあるくらいだから、何しろ手のつけられない悍馬であつたことは想像に難くない。首を反つくりかえらして口には雪のような泡を噛み、怒つた蟷螂のように前肢を挙げ、必死になつて轡にぶら下る雑兵四、五人を引きずるようにして出て来た。
 源太は思わず目をこすつた。いくら目をこすつてもこれだけの馬が生食のほかにあるわけがない。
「こらこら、奴! それはだれの馬だ」
「佐々木殿の馬でございます」
「佐々木は三郎か、四郎か」
「四郎高綱殿」
 これを聞くと源太は思わずうなつて、
「うーむ、ねつたい[#「ねつたい」に傍点]!」と言つた。このねつたい[#「ねつたい」に傍点]
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