不安を感じた。
 しかし、いま彼の句を見て、その到達している高さを感じ、彼の全生活、全霊が十七字の中にいかに生き切つているかを知つて、私は自分の考えをいくぶん訂正する必要を感じる。しかし、その残りのいくぶんは依然として訂正の必要がないということは遣憾の極みである。
 彼ほどの句をものしてもなおかつ俳句では食えないのである。したがつて彼はいま学校の教師を職業としている。
 そしてこのりつぱな本も売れゆきはあまりよくないということを彼から聞かされた。
 私は私の雑文に興味を持つて下さるほどの人々にお願いする。なにとぞ彼の本を買つてください。
 彼の本はおそらく私のこの雑文集に何十倍するだけの心の糧を諸君に提供するに違いない。
 彼の本は沙羅書店から出ている。
 おわりに『長子』の中から私によくわかる句を、もう少し捨い出して紹介しておく。
[#ここから3字下げ]
土手の木の根元に遠き春の雲
松風や日々濃くなる松の影
あらましを閉せしのみの夕牡丹
夏草や野島ヶ崎は波ばかり
眼の前を江の奥へ行く秋の波
降る雪や明治は遠くなりにけり  (昭和十二年四月二十六日)
[#ここで字下げ終わり]



底本:「日本の名随筆 別巻23 広告」作品社
   1993(平成5)年1月25日第1刷発行
底本の親本:「伊丹万作全集 第二巻」筑摩書房
   1961(昭和36)年8月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2010年3月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊丹 万作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング