りにもいかのごとき扁平さには厭気がさしている。
せめて自分の子は今少し立派な顔であれと願つたが、せつかくながら私の子は私の悪いところをことごとく模倣しているようである。だから私は子に対していささかすまぬような気持ちを抱いている。
しかし私の顔も私の死ぬる前になれば、これはこれなりにもう少ししつくりと落ちつき、今よりはずつと安定感を得てくるに相違ない。
だから私は鏡を見て自分の顔の未完成さを悟るごとに、自分の死期はまだまだ遠いと思つて安心するのである。
底本:「日本の名随筆40 顔」作品社
1986(昭和61)年2月25日第1刷発行
1989(平成元)年10月31日第7刷発行
底本の親本:「新装版 伊丹万作全集 第二巻」筑摩書房
1973(昭和48)年5月
※拗促音を小書きしない底本の表記は、そのままにしました。
入力:渡邉 つよし
校正:門田裕志
2002年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの
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