いっぱいに咲き乱れた卯の花を眺めながら片手で無意識に石地蔵の肌をなでていた。すると、それを見た意地のわるい仲間の一人が私にいった。
「おい、ここは遍路の休むところじゃろうが。その地蔵も何べんどす[#「どす」に傍点](癩)になでられたかわからんぞ。もうお前にはどすがうつったはずじゃ。どすは空気伝染じゃぞ。」
 私はあおくなってそこの小川で手を洗うやら一人で大騒ぎをやったが、このときの救われない恐怖と不安はいまだに忘れることができない。
 私の生れた町の側に石手川という川があり、ここの堤防にはよく癩患者が野宿をしていた。
 あるとき私はこの堤防の道幅の狭いところを歩いていると、乞食らしい男が、すっかり道を遮断して寝転んでいた。近づくままに顔を見るとそれはもう末期にちかい癩患者で、眼も鼻も毛髪もまったくなく、口と鼻腔だけが無気味な闇黒をのぞかせていた。顔の色はところによって勝手に変色したり褪色したような感じで、部分的な変化が多く、一貫した主色というものが感ぜられなかったが、だいたいの感じは真珠貝の裏に似ており、紫や桜色にテラテラと輝いて見えた。そして全体が火傷《やけど》のあとのように引きつっ
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