命令しなければならぬ。つまりこの仕事を成り立たせるためには俳優に対して少なくとも形式的には自分自身を上位に保つことが必要なのである。しかしただ漫然と形式上の優位性にあまえることは厳に戒めなければならない。
 我々はむしろ仕事の価値観のうえではまったく俳優と等位にあることを信ずべきである。しかしそれにもかかわらず我々はあくまでも自分の仕事に権威を持たなければならない。そしてそのためには仕事自体の持つ形式的な優位性などはすっかり抛擲《ほうてき》してしまうほうがいい。そして微量でもいいから自分一個の実力による権威ができあがってきて、つまりは極めて自然に自分自身を優位に導き得るように人間として芸術家としての自分を高めて行く努力をつづけるよりしかたがない。そしてかかる実質的な権威以外に真に自分を優位に支えてくれる力は決してあり得ないことを知るべきである。

○一般に演出者がある俳優を好きになることはいけない。好きになった瞬間に批判の眼は曇ってしまう。
 しかしもしも意地悪きしゅうとのごとく冷い眼を持ちつづけることさえできるならば、演出者は安心して俳優に惚れこむべきである。

○演出者以外のものが
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