一つの世界
――私信――
伊丹万作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)墜《おと》して
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 君の手紙と東京から帰った会社の人の報告で東京の惨状はほぼ想像がつく。要するに「空襲恐るるに足らず」といった粗大な指導方針が事をここに至らしめたのだろう。敵が頭の上に来たら日本の場合防空はあり得ない、防空とは敵を洋上に迎え撃つこと以外にはないとぼくは以前から信じていたがまちがっていなかった。しかるにいまだ空襲の被害を過少評価しようとする傾向があるのは嘆かわしいことだ。この認識が是正せられないかぎり日本は危しといわねばならぬ。幾百万の精兵を擁していても戦力源が焼かれ破壊されてしまったら兵力が兵力にならぬ。空襲でほろびた国はないというのは前大戦時代の古い戦争学だと思う。ことに日本のような木造家屋の場合この定理は通用せぬ。
 敵は近来白昼ゆうゆうと南方洋上に集結し編隊を組み、一時間も経過して侵入してくるが、ずいぶんみくびったやり方だと思う。どうせ都市上空で迎え撃つものなら、なぜ事前に一機でも墜《おと》してくれないのだろう。たとえ一トンの爆弾でも無効になるではないか。都市を守る飛行機が一機でもあるなら、なぜそれを侵入径路へふり向けないのだろう。どうもわからぬことが歯がゆい。
 ぼくは近ごろ世界の動きというものが少しわかってきたような気がする。
 日本がこの戦争で勝っても負けても世界の動きはほとんど変らないと思う。それはおそかれ早かれ共産国と民主国との戦争になるからだ。そのとき日本がもし健在ならば、いやでもおうでもどちらかにつかねばならぬようにされるだろう。自分はどちらでもないということは許されない。もしそんなことをいっていたら両方から攻められて分断されなければならない。それを避けようと思えば国論をいずれか一方に統一して態度をきめなければならぬ。そのためにはあるいは国内戦争がもちあがるかもわからぬ。要するにこの戦争で飛行機の性能と破壊力が頂点に達したため、地球の距離が百分の一に短縮され、短日月に大作戦が可能になった。それで地球上の統一ということがずっと容易になったのだ。そのかわり、現在の日本くらいの程度の生産力では真の意味の独立が困難になってきたのだ。
 現在すでに真の独立国は英・米・ソ三国にすぎなくなっている。他の独立国は実は名のみで三つのうちいずれか
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