くれ」と要求せられた。当時私は対米戦争計画の必要を唱えていたからであろう。それで筆を執った「軍事上より見たる皇国の国策並国防計画要綱」なる私見には、
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一、皇国とアングロサクソンとの決勝戦は世界文明統一のため、人類最後最大の戦争にしてその時期は必ずしも遠き将来にあらず。
二、右戦争の準備として目下の国策は先ず東亜連盟を完成するに在り。
三、東亜連盟の範囲は軍事経済両方面よりの研究に依り決定するを要す。人口問題等の解決はこれを南洋特に濠州に求むるを要するも、現今の急務は先ず東亜連盟の核心たる日満支三国協同の実を挙ぐるに在り。
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と言うている。この文は印刷せられ次長以下各部長等に呈上せられた筈である。恐らく上官が東亜連盟の文字を見られた最初であろう。
 協和会の公式声明を知らなかった私はその後の満州国、北支の状況上、東亜連盟を公然強調する勇気を失っていたが、昭和十三年夏病気のため辞表を提出した際、上官から辞表は大臣に取次ぐから休暇をとって帰国するよう命ぜられたので軽率な私は予備役編入と信じ、九月一日大洗海岸で暴風雨を聴きながら「昭和維新方略」なる短文を草し、満州建国以来同志の主張に基づき東亜連盟の結成を昭和維新の中核問題としたのである。しかるに同年九月十五日の満州国承認記念日に、陸相板垣中将がその講演に東亜連盟の名称を用いられた。更に次いで発表せられたいわゆる近衛声明は東亜連盟の思想と内容相通ずるものがある。実は私は板垣中将が関東軍参謀長時代から東亜連盟は断念しているだろうと独断していたのであったから、これには相当驚かされたのであった。爾後板垣中将は宮崎正義氏の「東亜連盟論」や、杉浦晴男氏の「東亜連盟建設綱領」に題字を贈り、かつ近衛声明は東亜連盟の線に沿うたのである事を発表せられた。
 昭和十五年天長の佳辰に発せられた総軍司令部の「派遣軍将兵に告ぐ」には、事変の解決のため満州建国の精神を想起せしめ、道義東亜連盟の結成に在る事を強調せられた。これに誘致せられて中国各地に東亜連盟運動起り、十一月二十四日南京に於ける東亜連盟中国同志会の結成となり、昭和十六年二月一日東亜連盟中国総会の発会式となった。
 日本に於ては昭和十四年秋東亜連盟協会なるもの成立、機関紙「東亜連盟」を発行、翌十五年春から運動が開始せられた。在来の東亜問題に関する諸団体は大体活発に活動を見ないのにこの協会だけは急速な進展を見、中国東亜連盟運動発展の一動機となったのである。東亜連盟の内容については日華両国の間に未だ完全な一致を見ていないようである。日本が国防の共同というのに中国は軍事同盟、経済一体化に対して経済提携と言うているし、日本が国防の共同、経済の一体化を特に重視しているのに中国は政治独立に特別な関心が見える。しかしこれらは両国の事情上当然の事と言うべきである。将来は逐次具体的に強調して来るであろう。兎に角東亜連盟の両国運動者には既に同志的気持が成立している事は民国革命初期以来数十年ぶりの現象である。感慨深からざるを得ない。東亜連盟運動が正しく強く生長、東亜大同の堅確なる第一歩に入る事を祈念して止まない。

     第二節 我が国防
 現時の国策即ち昭和維新の中核問題である東亜連盟の結成には、根本に於て東亜諸民族特に我が皇道即ち王道、東方道義に立返る事が最大の問題である。国家主義の時代から国家連合の時代を迎えた今日、民族問題は世界の大問題であり、日本民族も明治以来朝鮮、台湾、満州国に於て他民族との協同に於て殆んど例外なく失敗して来たった事を深く考え、皇道に基づき正しき道義観を確立せねばならぬ。満州建国の民族協和はこの問題の解決点を示したのである。満州国内に於ける民族協和運動は今日まで遺憾ながらまだ成功してはいない。明治以来の日本人の惰性の然らしむるところ、一度は陥るべきものであろう。しかし一面建国の精神は一部人士により堅持せられ、かつ実践せられつつあるが故に、一度最大方針が国民に理解せられたならばたちまち数十年の弊風を一掃して、東亜諸民族と心からなる協同の大道に驀進するに至るべきを信ずる。
 この新時代の道義観の下に、世界最終戦争を目標とする東亜大同の諸政策が立案実行せられる。しかしそれがためには我が東亜の地域に加わるべき欧米覇道主義者の暴力を排除し得る事が絶対条件である。即ち東亜(我が)国防全からずして、東亜連盟の結成は一つの夢にすぎない。
 東亜連盟の結成が我が国防の目的であり、同時に諸政策は最も困難なる国防を全からしむる点に集中せらるる事とならねばならぬ。国策と国防はかくて全く渾然一体となるのである。いわゆる国防国家とはこの意味に外ならない。
 東亜連盟の結成を妨げる外力は、
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1 ソ連の陸上武力。
2 米の海軍力、これには英、ソの海軍が共同すると考えねばならぬ。
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であるからこれに対し、
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1 ソ連が極東に使用し得る兵力に相当するものを備え、かつ少なくもソ連のバイカル以東に位置するものと同等の兵力を満州、朝鮮に位置せしむ。
2 西太平洋に出現し得べき米、英、ソの海軍力に対し、少なくも同等の海軍力を保持せねばならぬ。
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 陸軍当局の言うところによれば極東ソ軍は三十個師団以上に達し、約三千台の戦車及び飛行機を持っている。それに対する我が在満兵力は甚だしい劣勢ではあるまいか。この不安定が対ソ外交の困難となり、また一面今次事変の有力な動機となった。而して日ソ両国極東兵備の差は僅々数年の間にこんな状態となったのである。全体主義的ソ連の建設と自由主義的日本の建設の能力の差を良く示している。ナチス政権確立以来数年の問に独仏間の軍備の間に生じた差と全く同一種類のものである。我らは一日も速やかに飛躍的兵備増強を断行せねばならぬ。アメリカ最近の海軍大拡張はどうであるか。海相は数は恐るるに足らぬ。独自の兵備によってこれに対抗し、断じて心配ないと言うているし、また一部南進論者は三年後には米国の製艦により彼我海軍力に大きな差を生ずるから今のうちに開戦すべしと論じている。しかし更に根本的の問題は、我らは万難を排してソ連の極東軍備およびアメリカの海軍拡張に対抗せねばならないことになる。ソ連が極東に三十師団を持って来れば我が軍も北満に三十師団を位置せしむべく、ソ連戦車三千台なら我も三千台、また米国が六万屯の戦艦を造るなら我もまたこれと同等の建艦を断行すべきである。
 そんな事は無理だと言うであろう。その通り我が国の製鉄能力は今日ソ連の数分の一、米国に比しては更に著しく劣っているのは明らかである。しかし造るべきものは造らねばならぬ。断々乎として造らねばならぬ。この一歩をも譲ることを得ざる国防上の要求が我が経済建設の指標であり昭和維新の原動力である。この気力無き国民は須からく八紘一宇を口にすべからず。
 三年後には日米海軍の差が甚だしくなるから、今のうちに米国をやっつけると言う者があるが、米国は充分な力がないのにおめおめ我が海軍と決戦を交うると考うるのか。また戦争が三年以内に終ると信ずるのか。日米開戦となったならば極めて長期の戦争を予期せねばならぬ。米国は更に建艦速度を増し、所望の実力が出来上るまでは決戦を避けるであろう。自分に都合よいように理屈をつける事は危険千万である。
 我が財政の責任者は今次事変の直前まで、年額二三十億の軍費さえ我が国の堪え難き所と信じていた。然るに事変四年の経験はどうであるか。
 日本が真に八紘一宇の大理想を達成すべき使命を持っているならばソ連の陸軍、米の海軍に対抗する武力を建設し得る力量がある事は天意である。これを疑うの余地がない。国防当局は断固として国家に要求すべし。この迫力が昭和維新を進展せしむる原動力となる。しかしてかくの如き厖大な兵器の生産は宜しく政治家、経済人に一任すべく、軍部は直接これに干与することは却って迫力を失う事となる。国防国家とは軍は軍事上の要求を国家に明示するが、同時に作戦以外の事に心を労する必要なき状態であらねばならぬ。全国民がその職分に応じ、国防のため全力を尽す如き組織であらねばならぬ。
 以上陸、海の武力に対する要求の外更に、
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3 速やかに世界第一の精鋭なる空軍を建設せねばならない。
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 これは一面、将来の最終戦争に対する準備のため最も大切であるのみならず、現在の国防上からも極めて切要である。
 ソ連が東亜に侵攻するためにはシベリヤ鉄道の長大な輸送を必要とするし、また米国渡洋作戦の困難性は大である。即ち極東ソ領や、ヒリッピン等はソ、米のため軍事上の弱点を形成し彼らの頭痛の種となるのであるが、その反面、ソ、米は我が国の中心を空襲し我が近海の交通を妨害するに便である。それに対し我が国は有利なる敵の政治、経済的空襲目標もなく、敵国に対し、死命を制する圧迫を加える事はほとんど不可能に近い。即ち彼らは片手を以て我らと持久戦争を交え得るのに対し、我らは常に全力を傾注せねばならぬ事となる。持久戦争に非常な緊張を要する所以である。
 この見地から空軍の大発達により我が軍も容易にニューヨーク、モスクワを空襲し得るに至るまで、即ちその位の距離は殆んど問題でならなくなるまで、極言すれば最終戦争まではなるべく戦争を回避し得たならば甚だ結構であるのであるが、そうも行かないから空軍だけは常に世界最優秀を目標として持久戦争時代に於ける我らの国防的地位の不利な面を補わねばならない。
 ドイツ空軍は第二次欧州大戦の花形である。時に海上に出て、時に陸上部隊に、水も洩らさぬ緊密な協同作戦をする。真に羨ましい極みである。我が国の国防的状態はドイツと同一ではなく、ただちにドイツの如くなり得ない点はあるであろうが、極力合理的に空軍の建設を目標として着々事を進むると同時に、航空が陸海軍に分属している間も一層密接なる陸海空軍の協同が要望せられる。この頃そのために各種の努力が払われているらしく誠に慶賀の至りに堪えない。器材方面では既に密接な協力が行なわれているであろうし、また運用についても不断の研究によって長短相補う如くせねばならぬ。例えば、東ソ連の航空基地は満州国境から何れも(西方は別として)余り遠くなく、しかも極東には有利なる空爆目標に乏しいのであるから、対ソ陸軍航空部隊は軽快で特に速度の大なるものが有利と考えられる。海軍は常に長距離に行動せねばならない。かくの如き特長は互に尊重せらるべきだと信ずる。海軍機が支那奥地の爆撃に成功したとて、陸軍機がただちにこれに競争する必要はない。陸海軍の真の航空全兵力を戦争の状態に応じ一分の隙もなく統一的に運用し、陸海軍に分属していても空軍の占める利益をも充分発揮し得る如く全部の努力が払われねばならない。恐らく今日はそうなっている事と信ずる。
 防空に関し最終戦争のために二十年を目標として根本的対策を強行すべき事を主張したが、今日はそれに関せず応急的手段を速やかに実行せねばならぬ。
 第一の問題は火災対策である。木材耐火の研究に最大の力を払い、どしどし実行すべきである。現に各種の方法が発見せられつつあるではないか。消防につけても更に画期的進歩が必要である。
 またどうも高射砲等の防空兵器が不充分ではないか。これには高射砲等の製作の会社を造り急速に生産能力を高めねばならぬ。総て兵器工業は民間事業を特に活用するを要するものと信ずる。各種会社、工場等は自ら高射砲を備えしめては如何。そうして応召の予定外の人にて取扱い者を定めて練習せしめ、時に競技会でも行なえばただちに上達する事請合いである。弾丸だけは官憲で掌握しておれば心配はあるまい。有事の場合必要に応じてその配置の統制も出来る。航空部隊を除く防空はなるべく民間の仕事とした方が良いのではあるまいか。
 しかし防空全般に関して
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