不十分であると思う。
答 全くその通りである。私の知識は軍事以外は皆無に近い。「最終戦争論」は、信仰によって直感している最終戦争を、私の専門とする軍事科学の貧弱ながら良心的な研究により、やや具体的に解釈し得たとの考えから、敢えて世に発表したのである。その際、軍事は一般文明の発展と歩調を同じくするとの原則に基づき、各方面から観察しても同一の結論に達するだろうとの信念の下に、若干の思いつきを述べたに過ぎない。
この質疑回答の中にも、私の分を越えた僭越な独断が甚だ多いのは十分承知しており、誠にお恥ずかしい極みである。志ある方々が、思想・社会・経済等あらゆる方面から御検討の上、御教示を賜わらんことを切にお願い申上げる次第である。「東亜連盟」誌上の橘樸氏の発表に対しては、私は心から感激している。
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戦争史大観
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序 文
昨年の末感ずるところあり、京都で御世話になった方々及び部下の希望者に「戦争史大観」を説明したい気持になり、年末年始の休みに要旨を書くつもりであったが果さなかった。正月に入って主として出張先の宿屋で書きつづけ二月十二日辛うじて脱稿した。
二月末高木清寿氏来訪、原稿をお貸ししたところ、執拗に出版を強要せられ遂に屈伏してしまった。そこで読み直して見ると前後重複するところもあり、補修すべき点も少なくないが、現役最後の思い出として取敢えずこのまま世に出すこととした。
昭和十六年四月八日
[#地から2字上げ]於東京 石原莞爾
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第三部 戦争史大観
第一篇 戦争史大観
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昭和四年七月長春に於ける講話要領
昭和十三年五月新京に於て訂正
昭和十五年一月京都に於て修正
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第一 緒 論
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一 戦争の進化は人類一般文化の発達と歩調を一にす。即ち、一般文化の進歩を研究して、戦争発達の状態を推断し得べきとともに、戦争進化の大勢を知るときは、人類文化発達の方向を判定するために有力なる根拠を得べし。
二 戦争の絶滅は人類共通の理想なり。しかれども道義的立場のみよりこれを実現するの至難たることは、数千年の歴史の証明するところなり。
戦争術の徹底せる進歩は、絶対平和を余儀なからしむるに最も有力なる原因となるべく、その時期は既に切迫しつつあるを思わしむ。
三 戦争の指導、会戦の指揮等は、その有する二傾向の間を交互に動きつつあるに対し、戦闘法及び軍の編成等は整然たる進歩をなす。
即ち、戦闘法等が最後の発達を遂げ、戦争指導等が戦争本来の目的に最もよく合する傾向に徹底するときは、人類争闘力の最大限を発揮するときにして、やがてこれ絶対平和の第一歩たるべし。
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第二 戦争指導要領の変化
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一 戦争本来の目的は武力を以て徹底的に敵を圧倒するにあり。しかれども種々の事情により武力は、みずからすべてを解決し得ざること多し。前老を決戦戦争とせば後者は持久戦争と称すべし。
二 決戦戦争に在りては武力第一にして、外交・財政は第二義的価値を有するに過ぎざるも、持久戦争に於ては武力の絶対的位置を低下するに従い、財政・外交等はその地位を高む。即ち、前者に在りては戦略は政略を超越するも後者に在りては逐次政略の地位を高め、遂に将帥は政治の方針によりその作戦を指導するに至ることあり。
三 持久戦争は長期にわたるを通常とし、武力価値の如何により戦争の状態に種々の変化を生ず。即ち、武力行使に於ても、会戦を主とするか小戦を主とするか、あるいは機動を主とするか等各種の場合を生ず。しかして持久戦争となる主なる原因次の如し。
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※[#ローマ数字1、1−13−21] 軍隊の価値低きこと。
十七、八世紀の傭兵、近時支那の軍閥戦争等。
※[#ローマ数字2、1−13−22] 軍隊の運動力に比し戦場の広きこと。
ナポレオンの露国役、日露戦争、支那事変等。
※[#ローマ数字3、1−13−23] 攻撃威力が当時の防禦線を突破し得ざること。
欧州大戦等。
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四 両戦争の消長を観察するに、古代は国民皆兵にして決戦戦争行なわれたり。用兵術もまた暗黒時代となれる中世を経て、ルネッサンスとともに新用兵術生まれしが、重金思想は傭兵を生み、その結果、持久戦争の時代となれり。フリードリヒ大王は、この時代の用兵術発展の頂点をなす。
大王歿後三年にして起れるフランス革命は、傭兵より国民皆兵に変化せしめて戦術上に大変化を来たし、ナポレオンにより殲滅戦略の運用開始せられ、決戦戦争の時代となれり。モルトケ、シュリーフェン等により、ますますその発展を見たるも、防禦威力の増加は、南阿戦争、日露戦争に於て既に殲滅戦略運用の困難なるを示し、欧州大戦は遂に持久戦争に陥り、タンク、毒ガス等の使用により、各交戦国は極力この苦境より脱出せんと努力せるも、目的を達せずして戦争を終れり。
五 長期戦争は現今、戦争の常態なりと一般に信ぜられあるも、歴史は再び決戦戦争の時代を招来すべきを暗示しつつあり。しかして将来戦争は恐らくその作戦目標を敵国民となすべく、敵国の中心に一挙致命的打撃を加うることにより、真に決戦戦争の徹底を来たすべし。
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第三 会戦指揮方針の変化
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一 会戦指揮の要領は、最初より会戦指導の方針を確立し、その方針の下に一挙に迅速に決戦を行なうと、最初はまずなるべく敵に損害を与えつつ、わが兵力を愛惜し、機を見て決戦を行なうとの二種に分かつを得べし。
二 しかして両者いずれによるべきやは、将帥及び軍隊の特性と当時の武力の強靭性いかんによる。
ギリシャのファランクスは前者に便にして、ローマのレギヨンは後者に便なり。これ主として両国国民性の然らしむるところ。ギリシャ民族に近きドイツと、ローマ民族に近きフランスが、欧州大戦初期に行なえる会戦指導方針と対比し、ここに面白き対照を与う。また、その使用せる武力の性質によりしといえども、ドイツ民族より前者の達人たるフリードリヒ大王を生じ、ラテン民族より後者の名手たるナポレオンを生じたるは、必ずしも偶然とのみ称し難きか。
三 横隊戦術に於ては前者を有利とするに対し、ナポレオン時代の縦隊戦術は兵力の梯次的配置により戦闘力の靭強性を増加し、且つ側面の強度を増せるため自然、後者を有利とすること多し。
爾後、火器の発達により正面堅固の度を増すに従い、戦闘正面の拡大を来たし逐次、横隊戦術に近似するに至れり。欧州大戦初期に於けるドイツ軍のフランス侵入方法は、ロイテン会戦指導原理と相通ずるものあり。欧州大戦に於て敵翼包囲不可能となるや、強固なる正面突破のため深き縦長を以て攻撃を行ない、会戦指揮は、またもや第二線決戦を主とするに至れり。
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第四 戦闘方法の進歩
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一 古代の密集戦術は「点」の戦法にして単位は大隊なり。横隊戦術は「実線」の戦法にして単位は中隊、散兵戦術は「点線」の戦法にして単位は小隊を自然とす。戦闘の指導精神は横隊戦術に於ては「専制」にして、散兵戦術にありては「自由」なり。
日露戦後、射撃指揮を中隊長に回収せるは苦労性なる日本人の特性を表わす一例なり。もし散兵戦闘を小隊長に委すべからずとせば、その民族は既にこの戦法時代に於ける落伍者と言わざるべからず。
戦闘群戦術は「面」の戦法にして単位は分隊とす。その戦闘指導精神は統制なり。
二 実際に於ける戦闘法の進歩は右の如く単一ならざりしも、この大勢に従いしことは否定すべからず。
三 将来の戦術は「体」の戦法にして、単位は個人なるべし。
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第五 戦争参加兵力の増加と国軍の編成
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一 職業者よりなる傭兵時代は兵力大なる能わず。国民皆兵の徹底により逐次兵力を増加し、欧州大戦には全健康男子これに加わるに至れり。
二 将来、戦闘員の採用は恐らく義務より義勇に進むべく、戦争に当りては全国民が殺戮の渦中に投入せらるべし。
三 国軍の編制は兵力の増加に従い逐次拡大せり。特に注目に値するは、ナポレオンの一八一二年役に於て、実質に於て三軍を有しながら、依然一軍としての指揮法をとり、非常なる不便を嘗《な》めたりしが、欧州大戦前のドイツ軍は既に思想的には方面軍を必要としありしも遂に、ここに着意する能わずして、第一・第二・第三軍を第二軍司令官に指揮せしめ、国境会戦にてフランス第五軍を逸する一大原因をなせり。
戦史の研究に熱心なりしドイツ軍にして然り。人智の幼稚なるを痛感せずんばあらず。
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第六 将来戦争の予想
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一 欧州戦争は欧州諸民族の決勝戦なり。「世界大戦」と称するは当らず。
第一次欧州大戦後、西洋文明の中心は米国に移りつつあり。次いで来るべき決戦戦争は日米を中心とするものにして真の世界大戦なるべし。
二 前述せる戦争の発達により見るときは、この大戦争は空軍を以てする決戦戦争にして、次に示す諸項より見て人類争闘力の最大限を用うるものにして、人類の最後の大戦争なるべし。即ち、この大戦争によりて世界は統一せられ、絶対平和の第一歩に入るべし。
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※[#ローマ数字1、1−13−21] 真に徹底せる決戦戦争なり。
※[#ローマ数字2、1−13−22] 吾人は体以上のものを理解する能わず。
※[#ローマ数字3、1−13−23] 全国民は直接戦争に参加し、且つ戦闘員は個人を単位とす。即ち各人の能力を最大限に発揚し、しかも全国民の全力を用う。
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三 しからばこの戦争の起る時機いかん。
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※[#ローマ数字1、1−13−21] 東亜諸民族の団結、即ち東亜連盟の結成。
※[#ローマ数字2、1−13−22] 米国が完全に西洋の中心たる位置を占むること。
※[#ローマ数字3、1−13−23] 決戦用兵器が飛躍的に発達し、特に飛行機は無着陸にて容易に世界を一周し得ること。
右三条件はほとんど同速度を以て進みあるが如く、決して遠き将来にあらざることを思わしむ。
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第七 現在に於ける我が国防
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一 天皇を中心と仰ぐ東亜連盟の基礎として、まず日満支協同の完成を現時の国策とす。
二 国防とは国策の防衛なり。即ち、わが現在の国防は持久戦争を予期して次の力を要求す。
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※[#ローマ数字1、1−13−21] ソ国の陸上武力と米国の海上武力に対し東亜を守り得る武力。
※[#ローマ数字2、1−13−22] 目下の協同体たる日満両国を範囲とし自給自足をなし得る経済力。
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三 満州国の東亜連盟防衛上に於ける責務真に重大なり。特にソ国の侵攻に対しては、在大陸の日本軍とともに断固これを撃破し得る自信なかるべからず。
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[#底本121頁に「付表第二 近世戦争進化景況一覧表」入る]
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第二篇 戦争史大観の序説(別名・戦争史大観の由来記)
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昭和十五年十二月三十一日於京都脱稿
昭和十六年六月号「東亜連盟」に掲載
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私が、やや軍事学の理解がつき始めてから、殊に陸大入
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