ンスに廻って来て盛んに外交官の無能を罵倒したらしい。それで伊藤氏は大いに憤慨したが、軍人はともかく政治・経済の若干を知っているのに、外交官は軍事学を知っていないことに気がつき、フランスの友人から軍事学の先生を探して貰った。それが当時陸軍大学の教官であったフォッシュ少佐で、同少佐から主としてナポレオン戦争の講義を聞いたのである。第一次欧州大戦後、フォッシュ元帥から「フランスを救ったものはフランス独特の軍事学であった。独特の軍事学なき国民は永遠の生命なし」との意見を聞き、伊藤公使の脳裡に深い印象を与えているらしい。フランスが第二次欧州大戦によってこんなふうに打ちのめされた今日、フォッシュ元帥のこの言葉は素人には恐らく大きな魅力を失ったであろうが、この中に含むある真理はわれらも充分に玩味すべきである。伊藤氏はそのときの講義録を私にくれるとてパリの御宅を再三探して下さったが遂に発見できなかった。私はあきらめかねてなおも若し見付かったらと御願いして置いたが、パリを引払われた後も何らの御通知がないから、遂に発見されなかったのであろう。
 世人は、軍が軍事上のことを秘密にするから軍事の研究ができない
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