頁)。これが最終戦争論を西洋戦史によった第一の原因である。有志の方々が東西古今の戦争史により、更に広く総合的に研究されることを切望する。必ず私と同一結論に達することを信ずるものである。
過去数百年は白人の世界征服史であり今日、全世界が白人文明の下にひれ伏している。その最大原因は白人の獲得した優れた戦争力である。しかし戦争は断じて人生や国家の目的ではなく、その手段にすぎない。正しい根本的な戦争観は西洋に存せずして、われらが所有する。
三種の神器の剣は皇国武力の意義をお示し遊ばされる。国体を擁護し皇運を扶翼《ふよく》し奉るための武力の発動が皇国の戦争である。
最も平和的であると信ぜられる仏教に於ても、涅槃《ねはん》経に「善男子正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せずして刀剣|弓箭鉾槊《きゅうせんぼうさく》を持すべし」「五戒を受持せん者あらば名づけて大乗の人となすことを得ず。五戒を受けざれども正法を護るをもって乃ち大乗と名づく。正法を護る者は正に刀剣器仗を執持すべし」と説かれてあり、日蓮聖人は「兵法剣形の大事もこの妙法より出たり」と断じている。
右のような考え方が西洋にあるかないかは無学の私は知らないが、よしあったにせよ、今日のかれらに対しては恐らく無力であろう。戦争の本義は、どこまでも王道文明の指南にまつべきである。しかし戦争の実行方法は主として力の問題であり、覇道文明の発達した西洋が本場となったのは当然である。
日本の戦争は主として国内の戦争であり、民族戦争の如き深刻さを欠いていた。殊に平和的な民族性が大きな作用をして、敵の食糧難に同情して塩を贈った武将の心事となり、更に戦の間に和歌のやりとりをしたり、あるいは那須の与一の扇の的となった。こうなると戦やらスポーツやら見境いがつかないくらいである。武器がすばらしい芸術品となったことなどにも日本武力の特質が現われている。
東亜大陸に於ては漢民族が永く中核的存在を持続し、数次にわたり、いわゆる北方の蕃族に征服されたものの、強国が真剣に相対峙したことは西洋の如くではない。殊に蕃族は軍事的に支那を征服しても、漢民族の文化を尊重したのである。また東亜に於ては西洋の如く民族意識が強烈でなく、今日の研究でも、いかなる民種に属するかさえ不明な民族が、歴史上に存在するのである。しかも東亜大陸は土地広大で戦争の深刻さを緩和する。
ヨーロッパは元来アジアの一半島に過ぎない。あの狭い土地に多数の強力な民族が密集して多くの国家を営んでいる。西洋科学文明の発達はその諸民族闘争の所産と言える。東洋が王道文明の伝統を保ったのに対し、西洋が覇道文明の支配下に入った有力な原因は、この自然的環境の結果と見るべきである。覇道文明のため戦争の本場となり、且つ優れた選手が常時相対しており、戦場も手頃の広さである関係上、戦争の発達は西洋に於て、より系統的に現われたのは当然である。私の知識の不十分から、研究は自然に西洋戦史に偏したのであるが、戦争の形態に関する限り甚だしい不合理とは言えないと信ずる。
私の戦争史が西洋を正統的に取扱ったからとて、一般文明が西洋中心であると言うのではないことを特に強調する。
第八問 決戦・持久両戦争が時代的に交互するとの見解は果して正しいか。
答 ナポレオンはオーストリア、プロイセン等の国々に対しては見事な決戦戦争を強行したのであるが、スペインに対しては実行至難となり、またロシヤに対しては彼の全力を以てしても、ほとんど不可能であった。第二次欧州大戦で新興ナチス・ドイツはポーランド、オランダ、ユーゴー、ギリシャ等の弱小国家のみならず、フランスに対しても極めて強力に決戦戦争を強制した。ソ連に対しては開戦当初の大奇襲によって肝心の緒戦に大成功を収めながら、そう簡単には行かない状況にある。またナポレオンも英国に対しては十年にわたる持久戦争を余儀なくされたが、ヒットラーも英国に決戦戦争を強制することは至難である。
右の如く同一時代に於て、ある時には決戦戦争が行なわれ、ある所では持久戦争となったのである。決戦・持久両戦争が時代的に交互するとの見解は十分に検討されなければならない。
如何なる時、如何なる所に於ても、両交戦国の戦争力に甚だしい懸隔があるときは持久戦争とはならないのは、もちろんであり、第二次欧州大戦に於けるドイツと弱小国家との間の如き、これである。戦争本来の面目はもちろん決戦戦争にあるが、戦争力がほぼ相匹敵している国家間に持久戦争の行なわれる原因は次の如くである。
1 軍隊価値の低下
文芸復興以来の傭兵は全く職業軍人である。生命を的とする職業は少々無理があるために、如何に訓練した軍隊でも、徹底的にその武力を運用することは困難であった。これがフランス革命まで持久戦争となって
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