資格がない。
最終戦争と言えば、いかにも突飛な荒唐無稽の放談のように考え、また最終戦争論に賛意を表するものには、ややもすればこの戦争によって人類は直ちに黄金世界を造るように考える人々が多いらしい。共に正鵠を得ていない。最終戦争は近く必ず行なわれ、人類歴史の最大関節であるが、しかしそれを体験する人々は案外それほどの激変と思わず、この空前絶後の大変動期を過ごすことは、過去の革命時代と大差ないのではなかろうか。
最終戦争によって世界は統一する。もちろん初期には幾多の余震をまぬがれないであろうが、文明の進歩は案外早くその安定を得て、武力をもって国家間に行なわれた闘争心は、人類の新しい総合的大文明建設の原動力に転換せられ、八紘一宇の完成に邁進するであろう。日本の有する天才の一人である清水芳太郎氏は『日本真体制論』の中に、その文明の発展について種々面白い空想を述べている。
植物の一枚の葉の作用の秘密をつかめたならば、試験管の中で、われわれの食物がどんどん作られるようになり、一定の土地から今の恐らく千五百倍ぐらいの食料が製造できる。また豚や鶏を飼う代りに、繁殖に最も簡単なバクテリヤを養い、牛肉のような味のするバクテリヤや、鶏肉の味のバクテリヤ等を発見して、極めて簡単に蛋白質の食物が得られるようになる。これは決して夢物語ではなく、既に第一次欧州大戦でドイツはバクテリヤを食べたのである。
次に動力は貴重な石炭は使わなくとも、地下に放熱物体――ラジウムとかウラニウム――があって、地殻が熱くなっているのであるから、その放熱物体が地下から掘り出されるならば、無限の動力が得られるし、また成層圏の上には非常に多くの空中電気があるから、これを地上にもって来る方法が発見できれば、無限の電気を得ることになる。なお成層圏の上の方には地上から発散する水素が充満している。その水素に酸素を加えると、これがすばらしい動力資源になる。従って飛行機でそこまで上昇し、その水素を吸い込んでこれを動力とすれば、どこまでも飛べる。そして降りるときには、その水素を吸い込んで来て、次に飛び上がるときにこれを使用する。このようにして世界をぐるぐる飛び廻ることは極めて容易である。
この時代になると不老不死の妙法が発見される。なぜ人間が死ぬかと言えば、老廃物がたまって、その中毒によるのである。従ってその老廃物をどしどし排除する方法が採られるならは生命は、ほとんど無限に続く。現にバクテリヤを枯草の煮汁の中に入れると、極めて元気に猛烈な繁殖をつづける。暫くして自分の排出する老廃物の中毒で次第に繁殖力が衰えてゆくが、また新しい枯草の汁の中に持ってゆくと再び活気づいて来る。かくして次々と煮汁を新しくしてゆけば何時までも生きている。即ち不老不死である。
しからば人間が不老不死になると、人口が非常に多くなり世界に充満して困るではないかということを心配する人があるかも知れない。しかしその心配はない。自然の妙は不思議なもので、サンガー夫人をひっぱって来る必要がない。人間は、ちょうどよい工合に一人が千年に一人ぐらい子供を産むことになる。これは接木や挿木をくりかえして来た蜜柑には種子がなくなると同じである。早く死ぬから頻繁に子供を産むが、不老不死になると、人間は淡々として神様に近い生活をするに至るであろう。
また時間というものは結局温度である。人を殺さないで温度を変える。物を壊さないで温度を上げることができれば、十年を一年にちぢめることは、たやすいことである。逆に温度を下げて零下二百七十三度という絶対温度にすると、万物ことごとく活動は止まってしまう。そうなると浦島太郎も夢ではない。真に自由自在の世界となる。
更に進んで突然変異を人工的に起すことによって、すばらしい大飛躍が考えられる。即ち人類は最終戦争後、次第に驚くべき総合的文明に入り、そして遂には、みずから作る突然変異によって、今の人類以上のものが、この世に生まれて来るのである。仏教ではそれを弥勒《みろく》菩薩の時代というのである。
清水氏の空想の如き時代となれば、人類がその闘争本能を戦争に求めることは到底考えることができない。要は質問者の言う如く、世界の政治的統一は決して一挙に行なわれるのではなく、人類の文明は、すべて不断の発展を遂げるのである。しかし文明の発展には時に急湍がある。われらは最終戦争が人類歴史上の最大急湍であることを確認し、今からその突破にあらゆる準備を急がねばならぬ。
第七問 戦争の発達を東洋、特に日本戦史によらず、単に西洋戦史によるのは公正でないと思う。
答 「戦争史大観の由来記」に白状してある通り、私の軍事学に関する知識は極めて狭く、専門的にやや研究したのは、フランス革命を中心とする西洋戦史の一部分に過ぎない(一四四
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