戦争術の徹底せる進歩は、絶対平和を余儀なからしむるに最も有力なる原因となるべく、その時期は既に切迫しつつあるを思わしむ。
三 戦争の指導、会戦の指揮等は、その有する二傾向の間を交互に動きつつあるに対し、戦闘法及び軍の編成等は整然たる進歩をなす。
即ち、戦闘法等が最後の発達を遂げ、戦争指導等が戦争本来の目的に最もよく合する傾向に徹底するときは、人類争闘力の最大限を発揮するときにして、やがてこれ絶対平和の第一歩たるべし。
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第二 戦争指導要領の変化
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一 戦争本来の目的は武力を以て徹底的に敵を圧倒するにあり。しかれども種々の事情により武力は、みずからすべてを解決し得ざること多し。前老を決戦戦争とせば後者は持久戦争と称すべし。
二 決戦戦争に在りては武力第一にして、外交・財政は第二義的価値を有するに過ぎざるも、持久戦争に於ては武力の絶対的位置を低下するに従い、財政・外交等はその地位を高む。即ち、前者に在りては戦略は政略を超越するも後者に在りては逐次政略の地位を高め、遂に将帥は政治の方針によりその作戦を指導するに至ることあり。
三 持久戦争は長期にわたるを通常とし、武力価値の如何により戦争の状態に種々の変化を生ず。即ち、武力行使に於ても、会戦を主とするか小戦を主とするか、あるいは機動を主とするか等各種の場合を生ず。しかして持久戦争となる主なる原因次の如し。
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※[#ローマ数字1、1−13−21] 軍隊の価値低きこと。
十七、八世紀の傭兵、近時支那の軍閥戦争等。
※[#ローマ数字2、1−13−22] 軍隊の運動力に比し戦場の広きこと。
ナポレオンの露国役、日露戦争、支那事変等。
※[#ローマ数字3、1−13−23] 攻撃威力が当時の防禦線を突破し得ざること。
欧州大戦等。
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四 両戦争の消長を観察するに、古代は国民皆兵にして決戦戦争行なわれたり。用兵術もまた暗黒時代となれる中世を経て、ルネッサンスとともに新用兵術生まれしが、重金思想は傭兵を生み、その結果、持久戦争の時代となれり。フリードリヒ大王は、この時代の用兵術発展の頂点をなす。
大王歿後三年にして起れるフランス革命は、傭兵より国民皆兵に変化せしめて戦術上に大変化を来たし、ナポレオンにより殲滅戦略の運用開始せられ、決戦戦争の時代となれり。モルトケ、シュリーフェン等により、ますますその発展を見たるも、防禦威力の増加は、南阿戦争、日露戦争に於て既に殲滅戦略運用の困難なるを示し、欧州大戦は遂に持久戦争に陥り、タンク、毒ガス等の使用により、各交戦国は極力この苦境より脱出せんと努力せるも、目的を達せずして戦争を終れり。
五 長期戦争は現今、戦争の常態なりと一般に信ぜられあるも、歴史は再び決戦戦争の時代を招来すべきを暗示しつつあり。しかして将来戦争は恐らくその作戦目標を敵国民となすべく、敵国の中心に一挙致命的打撃を加うることにより、真に決戦戦争の徹底を来たすべし。
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第三 会戦指揮方針の変化
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一 会戦指揮の要領は、最初より会戦指導の方針を確立し、その方針の下に一挙に迅速に決戦を行なうと、最初はまずなるべく敵に損害を与えつつ、わが兵力を愛惜し、機を見て決戦を行なうとの二種に分かつを得べし。
二 しかして両者いずれによるべきやは、将帥及び軍隊の特性と当時の武力の強靭性いかんによる。
ギリシャのファランクスは前者に便にして、ローマのレギヨンは後者に便なり。これ主として両国国民性の然らしむるところ。ギリシャ民族に近きドイツと、ローマ民族に近きフランスが、欧州大戦初期に行なえる会戦指導方針と対比し、ここに面白き対照を与う。また、その使用せる武力の性質によりしといえども、ドイツ民族より前者の達人たるフリードリヒ大王を生じ、ラテン民族より後者の名手たるナポレオンを生じたるは、必ずしも偶然とのみ称し難きか。
三 横隊戦術に於ては前者を有利とするに対し、ナポレオン時代の縦隊戦術は兵力の梯次的配置により戦闘力の靭強性を増加し、且つ側面の強度を増せるため自然、後者を有利とすること多し。
爾後、火器の発達により正面堅固の度を増すに従い、戦闘正面の拡大を来たし逐次、横隊戦術に近似するに至れり。欧州大戦初期に於けるドイツ軍のフランス侵入方法は、ロイテン会戦指導原理と相通ずるものあり。欧州大戦に於て敵翼包囲不可能となるや、強固なる正面突破のため深き縦長を以て攻撃を行ない、会戦指揮は、またもや第二線決戦を主とするに至れり。
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