る。しかし力は力に敗れる。結局道をもっての結合がむしろ力以上の力である。議論はいらぬ。天皇の思し召しがそれである。我らは東方道義をもって東亜大同の根抵とせねばならぬ。幾多のいまわしい歴史的事実があるにせよ、王道は東亜諸民族数千年来の共同の憧憬であった。我らは、大御心を奉じ、大御心を信仰して東亜の大同を完成し、西洋覇道主義に対抗してこれを屈伏、八紘一宇を実現せねばならない。
結局世界最終戦争が王、覇両文明の決勝戦であり、東亜と西洋の決勝戦である。この見地から最終戦争の中心は太平洋であろうと信ずるものである。
もちろん我らは道義を中心とするが、しかも力を軽視するものではない。西洋人も道義を軽視しないが、覇道主義者が道を真に信奉する事は至難であるのに、我らが力を獲得するのは決して困難でない。一方東方道義に速やかに目を醒ますとともに一方西洋科学文明を急速に摂取、最終戦争に必勝の体制を整えねばならぬ。
日本に於てさえ道義より力、物を中心としていた時代が多い。覇道は動物的本能であり、王道への欲求、憧憬が人間の万物の霊長たる所以である。今後も人類は本能の暴露を繰返すであろう。しかし大道は人類の王道への躍進である。王道に対する安心定まった時、人類は心から、天皇の御存在に心からの感謝を覚え、不退の信仰に入り、真の平和が来るであろう。而して日本民族の正しき行ない、強き実行力が人類の道義に対する安心を定めしめるのである。
第三節 将来戦争に対する準備
科学文明の急速なる進歩が最近世界を狭くし、遠からず全世界は王道、覇道両文明の二集団に分るる事となるべく、その日は既に目前に迫りつつある。
その二集団が世界統一のための最終戦争を行なうためには、これに適した決戦兵器が必要である。静かに大勢を達観すれば、世界二分と決戦兵器の出現は歩調を一にして進んでいる。それは当然である。この二つの間には文化的に最も密接な関係があるのである。即ち、兵器の発達は自然に人類の政治的集団の範囲を拡大し、世界二分の政治的状態成立の時は既に両集団に決戦を可能ならしむる兵器の発明せらるる時である。
この最終戦争に対する準備のため、
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1、世界最優秀決戦兵器の創造
2、防空対策の徹底
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この二点が最も肝要である。この徹底せる決戦戦争に
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