ることを主張したのに対し英国は反対し、その後も作戦計画につき事毎に意見の一致を見なかったと信ぜられます。フランスの戦意はこんな関係で第一次欧州大戦のようではなく、マジノ延長線も計画に止まり、ほとんど構築されていなかったらしいのです。
 戦力の著しく劣勢なフランスは、国境で守勢をとるべきだったと思われます。恐らく軍当局はこれを欲したのでしょうが、政略に制せられてベルギーに前進し、この有力なベルギー派遣軍がドイツの電撃作戦に遇《あ》って徹底的打撃を受け、英軍は本国へ逃げかえりました。英国が本気でやる気なら、本国などは海軍に一任し全陸軍はフランスで作戦すべきであります。英仏の感情は恐らく極めて不良となったことと考えられます。かくてドイツが南下するや、仏軍は遂に抵抗の実力なく、名将ペタン将軍を首相としてドイツに降伏しました。
 このように考えますと、今次の戦争は全く互格の勝負ではなく、連合側の物心両面に於ける甚だしい劣勢が必然的にこの結果を招いたのであります。そもそも持久戦争は大体互格の戦争力を有する相手の間に於てのみ行なわれるものです。第一次欧州大戦では開戦初期の作戦はドイツの全勝を思わせたのでしたが、マルヌで仏軍の反撃に敗れ、また最後の一九一八年のルーデンドルフの大攻勢では、北フランスに於ける戦場付近で仏英軍に大打撃を与え、一時は全く敵を中断して戦争の運命を決し得るのではないかとさえ見えたのでしたが、遂に失敗に終りました。両軍は大体互格で持久戦争となり、ドイツは主として経済戦に敗れて遂に降伏したのであります。
 フィンランドはソ連に屈伏はしたものの、極めて劣勢の兵力で長時日ソ連の猛撃を支え、今日の兵器に対しても防禦威力の如何に大なるかを示しました。またベルギー戦線でも、まだ詳細は判りませんが、ブリュッセル方面から敵の正面を攻めたドイツ軍は大きな抵抗に遇い、容易には敵線を突破できなかった様子です。現在は第一次欧州大戦に比べると、空軍の大進歩、戦車の進歩などがありますが、十分の戦備と決心を以て戦う敵線の突破は今日も依然として至難で、戦争持久に陥る公算が多く、まだ持久戦争の時代であると観察されます。

   第二章 最終戦争

 われわれは第一次欧州大戦以後、戦術から言えば戦闘群の戦術、戦争から言えば持久戦争の時代に呼吸しています。第二次欧州戦争で所々に決戦戦争が行なわれても
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