方へ飛んでいて、それを顧みる余裕がなかった。深山が荷造りの手伝いなどしてくれるのを、当然のことのように考えていた。今度帰って来ても、やはりそれを気づかずにいた。けれど深山が、自分にばかり調子を合わしていないことが少しずつ解って来た。
「笹村には僕も随分努めているつもりなんだ。今度の家だって、あの男が寂しいからいてやるんだ。」
こんなことが、ちょいちょいここへ来て飯を食ったり、徹夜《よどおし》話に耽《ふけ》ったりして行く、ある男を通して、笹村の耳へも入った。笹村には甥の来たのが、ちょうど二人が別々になるのにいい機会のように考えられた。笹村には思っていることをあまり顔に出さないような深山の胸に横たわっている力強いあるものに打《ぶ》ッ突《つ》かったような気がしていた。笹村が時々ぷりぷりして、深山に衝《ぶ》ッ突《つ》かるようなことはめずらしくもなかった。
深山は古い笹村の一閑張《いっかんば》りの机などを持って、別の家へ入って行った。そこへ、この家を周旋した笹村の友達のT氏も、駒込《こまごめ》の方の下宿から荷物を持ち込んで、共同生活をすることになった。そして、二人は飯を食いに、三度三度笹村の
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