いてあった。風が裏手の広い笹原をざわざわと吹き渡っている。笹村は物を探るような目容《めつき》で、深山の家へ入っていった。
 六畳の窓のところに坐っている深山はいつもの通り、大きい体をきちんと机の前に坐ってうつむいていた。お銀が一畳ばかり離れて、玄関の閾際《しきいぎわ》に、足を崩して坐っていた。意味を読もうとするような笹村の目が、ちろりと女の顔に落ちた。
「家を開けちゃ困るじゃないか。」笹村は独り語《ごと》のように言って、すぐに出て行った。お銀も間もなくそこを起《た》って来た。
「何も言ってやしませんわ。お鈴さんのことで話していたんですわ。」
 お銀は深山が同情しているお鈴との一件のことで、自分が深山に悪く思われるのも厭であった。笹村はとにかく、お鈴を通して自分の以前のことを知っているはずの深山に、そう変な顔も出来ないというような心持もあった。機嫌《きげん》の取りにくい笹村の性質についても、深山の話に道理があるとも考えた。
「ほんとうにひどいことをしますよ。」
 お銀は晩に通りまで散歩に行った時、伴《つれ》の妹に話しかけた。
「私の手紫色……。」お銀は誇大にそうも言った。帰りに家の前で、
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