けようとしている良人の狂暴な手は、年々反抗しがたいものとなった。
「子供にもそう不自由をさせず、時々のものでも着て行ければ私は他に何にも望みはない。」
お銀のそういう言葉には、色の剥《は》げて行く生活の寂しい影がさしていた。
笹村は、ある日劇場の人込みのなかで、卒倒したお銀の哀れな姿を思い出さずにはいられなかった。夫婦はその日、新橋まで人を見送った。そして帰りに橋袂で、お銀の好きな天麩羅《てんぷら》を喰べた。
「ああおいしい。」
お銀はそう言って、笹村の顔を見ながら我ながらおかしそうに笑った。
「よく喰うな。」笹村は苦笑していた。
二人は腹ごなしに銀座通りを、ぶらぶら歩いた。
「私こんなところを歩くのは何年ぶりだか、築地にいたころは毎晩のように来たこともありますがね。」
お銀はそう言いながら、珍らしそうにそこらを眺めていた。
「歌舞伎《かぶき》を一幕のぞいて見ようか。」笹村は尾張町《おわりちょう》の角まで来たとき、ふと言い出した。
一幕見はかなり込み合っていた。薄暗い舞台の方を伸びあがって見ると、そこにはちょうど、地震加藤の幕が開いていた。お銀は人の肩越しに、足を爪立《つまだ》てて、花道から出て来る八百蔵《やおぞう》の加藤を、やっと頭の先だけ見ることができた。ぼっとしたような目には、桟敷《さじき》に並んでいる婦人たちの美しい姿がだんだん晴れやかに映っていた。お銀は十年ほど前に、叔父と一緒に一世一代だという団十郎の熊谷《くまがい》を見てから、ここへ入るようなこともなかった。
やがて下りた浅黄色の幕が落ちて、宗十郎の小西がそこへ現われて来るころに、お銀は真蒼《まつさお》な顔をして後の方へ退《さが》って行った。そして頭を抑えながら、苦しそうに呼吸《いき》をはずましていた。
「目がぐらぐらして、わたし何だかそこらが真暗……。」
笹村の手に縋《すが》って、廊下の方へ出たお銀は、「あなた私もう駄目よ。」と、泣き声を出してじきにそこへ倒れてしまった。
しばらくお銀は運動場へ出て、風に吹かれていた。亜鉛《トタン》の板敷きに、べったり坐っているお銀は、少しずつ性がついて来た。笹村はじきに外へ連れ出した。
お銀はコートについた埃も払わずに、蒼い顔をして、薬屋を捜した。目にも涙がにじんで、手足が冷えきっていた。
「どうしてこう弱くなったんでしょう。」
呟きながら、川
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