人の物を食っているのを見て、柵《さく》のなかの猿のように、肉の落ちた頬をもがもがさせて、泣面《べそ》をかくほどに食欲が恢復《かいふく》して来たのは、院長からやっと二粒三粒の米があってもさしつかえのないお粥《かゆ》や、ウエーファ、卵の黄味の半熟、水飴《みずあめ》などを与えてもいいという許しが、順に一日か二日おいては出るころであったが、その以前でも飲食物その他何によらず、患者はおそろしく意地が曲っていた。
「坊や厭になった。」
患者は院長のいわゆる苦しい峠を越して、熱がやや冷《さ》めかけてからは、ベッドの周《まわ》りに並べられたり、糸で吊るされたりしてある翫具《おもちゃ》にも疲れて来ると、時々さも飽き飽きしたようにベッドに腰かけて、乾いた唇の皮を噛《か》みながら、顔をしかめて気懈《けだる》そうに呟いた。
「ああそうともそうとも。」とお銀は傍から慰めた。
「もう少しの辛抱ですよ。辛抱していさえすれば、今に歩行《あんよ》もできるし、坊やの好きな西洋料理も食べられるし、衆《みんな》で浅草へでもどこへでも行きましょうね。」
便が少しよくなるかと思うと、また気になる粘液が出たり、せっかくさがった熱が上ったりして、傍《はた》で思うほど捗々《はかばか》しく行かなかった。笹村は外から帰って来でもすると、きっと体温表を取りあげて見たり、検温器を患者の腋《わき》に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28、273−上−22]入《そうにゅう》したりして、失望したり、慣《じ》れったがったりしたが、外へ出ない時も、お銀にばかり委《まか》せておけなかった。
微温湯《ぬるまゆ》の潅腸が、再び水銀潅腸に後戻りでもすると、望みをもって来た夫婦の心が、また急に曇った。笹村は潅腸をやったり、体温や脈搏《みゃくはく》などをとりに来る看護婦に、時々いろいろなむずかしいことを訊いた。
「あんまり訊くのはおよしなさいましよ。うるさがりますよ。」
お銀は後で笹村に言った。
「もうあなたここまで漕《こ》ぎつけたんですもの。そう焦燥《やきもき》しないでいた方がよござんすよ。」
今夜がもう絶頂だといって、院長が夜更《よなか》に特別に診察にまわって、心臓の手当てらしい頓服《とんぷく》をくれた前後の二、三日は、笹村は何事をも打ち忘れて昏睡に陥っている子供の枕頭《まくらもと》に附ききっていた
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