。」
 お銀は不思議そうな顔をした。
「だって私独りで病院へ行っても、明き盲ですからね。もし行くなら、高橋さんが婦人科の掛りを知っているから、一緒について行ってよく話をしてあげてもいい。とにかく一応あなたにも話すから……とそう言ったまでじゃありませんか。」
 この前にも知合いの医者に連れて行ってもらったことのあるお銀が、勝手の解らない広い病院で、あっちへまごまごこっちへまごまごするのが厭さに、始終出無精になっていたのは笹村にも呑み込めないことでもなかったが、そうした筋道の立ったお銀の言い分は、一層笹村の心をいらいらさせずにはおかなかった。
 不快な顔を背向《そむ》け合っていることが、幾日も続いた。笹村はそのまま病院へ行こうともしないでいる妻の無精を時々笑ったが、お銀はさほど気にもしないらしかった。
 前にもついて行ったことのある知合いの医者と一緒に、ある日大学の婦人科へ診てもらいに行ったのは、それから大分経ってからであった。
「今どこと言って、別に悪いところはないんですって……。」
 帰ってくると、お銀は晴れ着のまま、笹村の傍へ来て話し出した。
「ただお産の時に、子宮が少し曲ったんだそうですけれど、それは今度のお産の時にでも直せばいいそうです。今はほんの一週間も、洗うなら洗ってみてもいいって言うんですの。」
「へえ、そうかね。」笹村はその診断があっけないような気がした。
 潤沢《うるおい》も緊張《しまり》もないお銀の顔色は、冬になると、少しずつ、見直して来たが、お産をするごとに失われて行く、肉の軟かみと血の美しさは恢復《とりかえ》せそうもなかった。

     五十六

 そのころから、お銀はおりおり笹村の古い友達の前へ出て、酒の酌《しゃく》などをした。髪の抜け替わろうとしている鬢際《びんぎわ》の地の薄くすけて見えるお銀のやや更《ふ》けたような顔は、前よりはいくらか落ち着いてもいたし、媚《なまめ》かしさも見えた。そして遠慮なく膝を崩すような客に対する時の調子も、笹村が気遣ったほどには粗雑《がさつ》でもなかった。
 笹村が一週間ばかり、いろいろ紛糾《こぐらか》っている家庭の不快さを紛らしに、ふいと少しばかりのマネーを懐にして、海辺へ出て行った留守のまに、子供の帽子などを懐にして、宅《うち》を見舞ってくれる人などもあった。その男は、上《あが》り框《がまち》に腰かけてしば
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