り、商売をさせられたりして来た、友達のこの十五、六年間の暗い生活が、振り顧《かえ》られた。
「鼠《ねずみ》の子を黒焼きにして飲むといいなんて、よくそんなことを言ったものだけれど、当てになりゃしない。」
お増はそんなことを思い出していた。
「やっぱり体が弱っているんだよ。」
「とてもやりきれないと思うことがあるものね。」
二人はそう言って、大話をしながら、髪結と一緒に笑った。
家へ帰って行ったお雪が、二、三日してまた訪ねるころには、もう浅井の湯治場から帰って来た家のなかが、何となくごたついていた。
来客のある二階から降りて来たお増の顔は、どこかいつもより引き締って、物思わしげであったが、食べ物の支度に取り散らかされた長火鉢の傍に坐って、銅壺《どうこ》に浸《つか》った酒の燗《かん》などを見ながら、待っているお雪の顔を見ると、意味ありげな目色をして、にやりと笑った。お雪はすぐにそれと呑み込めた。
「お柳さんの兄さんという人が、田舎から出て来たもんだから、急に話をつけることになったの。」
「へえ、その兄さんが来たの。」
「いいえ、間《なか》へ入る人――弁護士よ。」
「うまく行きそう。」
前へ
次へ
全168ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング