うと思えばわけはないよ。罷《まか》り間違えば、警察の手を仮りることも出来るし、田舎を騒がして、突ッつきだすという方法もある。」そうも言って脅《おどか》した。
「そんならそうして捜したらいいでしょう。」
お増は言い張ったが、やはり隠し通すことが出来なかった。室《むろ》の方の話を纏めるにしても、浅井の力を借りないわけに行かなかった。
居所《いどころ》を知らさないで、お今が浅井のところへ出入りするようになったのは、それから間もなくであった。
五十三
「姉さんのところへ来ると、ほんとに気がせいせいしてよ。」
気づまりな宿の二階に飽きて、お増の方へ遊びに来たお今は、道具などに金のかかった綺麗な部屋のなかや、掃除の行き届いた庭などを眺めながら言った。袖垣《そでがき》のところにある、枝ぶりのいい臘梅《ろうばい》の葉が今年ももう黄色く蝕《むしば》んで来た。ここにいるうちに、よく水をくれてやった鉢植えの柘榴《ざくろ》や欅《けやき》の姿《なり》づくった梢《こずえ》にも、秋風がそよいでいた。近ごろ物に感傷しやすいお今の心は、そんなものにもやるせない哀愁をにじませていた。浅井の家では、若い女中が一人殖えたり、田舎から托《あず》けられた、浅井の姉の子だという少年が来ていたりして、たまに傍《はた》から来ているお今が、軽い反感を覚えるほど賑やかであった。衆《みんな》は、宵のうちに下の座敷に集まって、このごろ取り寄せた蓄音器などに、笑い興じていた。最近の一ト夏で、めっきりおしゃまさんになった静子の様子も、変って来た自分の身のうえの心持を、お今の目に際立たせて見せた。
「お今ちゃんも、いよいよ室さんと御婚礼かな。」
まだ晩酌の餉台《ちゃぶだい》を離れずにいる浅井は、避けてばかりいるようなお今が、ふとそこへ来て坐ると、そういって声かけた。お今は絡《から》みついて来る静子と、敷物などのしっとりした縁側にいた。
「室さんは、時々来るかね。」
浅井は訊ねた。
「いいえ。」
お今は今日もお増につれられて宿へ訪ねて来た室のことを訊かれるのが、くすぐったいようであった。
「少し都合があって、よそへ出してあるんですがね。」
お増は初めそういって、お今の居所を室に明かすことも出来ずにいたのであったが、自分に絡《まつ》わりついて来るような、男の心持が、見ていても苦しそうであった。差し向いにいてもあまり口数をきかぬお今の様子が、室の心を一層いらいらさせた。別居さしてある理由などに、疑いを抱いているらしい懊悩《もどか》しさが、黙っている室の目に現われていた。宿を出た三人は、途中その問題に触れることなしに、別れたのであった。
「お今も可哀そうですよ。」
お今が歩き遅れているときに、お増は謎でもかけるように呟いたが、室はそれを問い返そうともしないのであった。
座敷では、いろいろの譜が差し替えられた。
お増の顔色を見て、浅井の側を離れて行ったお今は、衆《みんな》と一緒にそれに聴き入っていたが、甲高《かんだか》な謳《うた》の声や三味線の音に、寂しい心が一層掻き乱されるだけであった。
「運動がてらみんなでそこまで送ろう。」
帰りかけようとするお今に、浅井は言いかけた。浴衣《ゆかた》のうえに、羽織を引っかけて、パナマを冠った浅井に続いて、お増も素足に草履《ぞうり》をつっかけて外へ出た。
暗い町続きを三人はぶらぶらと歩いていた。空には天の川が低く流れて、夜がしっとりと更けていた。
「一人帰すのは可哀そうだ、別荘まで送ろう。」
浅井は笑いながら、どこまでもとついて来た。三人はお今の宿のすぐ二、三町手前まで来ていた。
「いけませんよ。入浸《いりびた》りになっちゃ困りますよ。」
お増は笑いながら、とある四ツ辻《つじ》の角に立ち停った。水のような風が、三人の袂や裾を吹いていた。
五十四
室がちょいちょい訪ねて行くお今の二階へ、浅井もお増と一緒に行ったり、静子を連れたりして、たまには顔を出した。
室の身内にあたるという出張店をあずかっている若い男が、お今のことでちょいちょい浅井を訪ねて来てから、浅井もおのずからその話に肩を入れないわけに行かなかった。
「老主人の方だって、何もこちらの縁談が絶対にいけないと言うんじゃないんでござんすからな。」
前垂などをかけて、堅気の商人らしい風をしたその男は、そう言って話を進めた。
「もう一つほかの縁談を纏めてくれた方に対して、今さら義理が悪いというだけのことなのです。」
そんな話を一々素直に受け入れた浅井は自分からお今にも説き勧めた。そういう時の浅井の頭には、何らの矛盾もないらしく見えた。時がたちさえすれば、罅《ひび》の入ったお今の心が、それなりに綺麗に縫《と》じ合わされたり熨《の》されたりして行くとしか思え
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