ていなかったり、親切にされる男は、こっちで虫が好かなかったりなどした。年が合わなかったり、商売が気に入らなかったりした。双方いいのは親係りであった。主人持ちであった。
するうちに、お増はだんだん年を取って来た。出る間際のお増の心には、堅い一人の若いお店《たな》ものと浅井と、この二人が残ったきりであった。
男のために、始終裸になっていたお雪と自分とを、お増は心のなかで比べていた。
「だらしがないじゃないの。いつまで面白いことが続くもんじゃないよ。」
お増は一緒にいる時分から、時々お雪にそう言ってやったことがあった。けれどお雪自身は、それをどうすることも出来なかった。一つは、一時|新造《しんぞ》に住み込んでまで、くっついていた母親が、お雪に自分のことばかりを考えさせておかなかったのではあったが、黒田の世話になっていた時分からの、お雪自身の体にも、そうした血が流れていたのであった。
しみじみした話が、日の暮れまで絶えなかった。
「あの人の、どこがそんなにいいのさ。」
お増はお雪に揶揄《からか》った。
「こうなっちゃ、いいも悪いもありゃしないよ。しかたなしさ。」
お増をそこまで送りに出たお雪は、そう言って笑った。
町には灯影が涼しく動いて、濡れた地面《じびた》からは、土の匂いが鼻に通って来た。
九
日が暮れてからは、風が一戦《ひとそよ》ぎもしなかった。お増は腕車《くるま》から降りて、蒸し暑い路次のなかへ入ると、急に浅井が留守の間に来ていはせぬかという期待に、胸が波うった。しばらく居なじんだ路次は、いつに変らず静かで安易であった。先の望みや気苦労もなさそうな、お雪などのとりとめのない話に、撹《か》き乱されていた頭脳《あたま》が日ごろの自分に復《かえ》ったような落着きと悦びとを感じないわけに行かなかった。浅井一人に、自分の生活のすべてが繋《かか》っているように思われた。男の頼もしさが、いつもよりも強い力でお増の心に盛り返されて来た。
「ただいま。」
お増は鍵《かぎ》をあずけて出た、お千代婆さんの家の格子戸を開けると、そういって声かけた。
茶の間のランプが薄暗くしてあった。水口の外に、女中が行水を使っているらしい気勢《けはい》がしたが、土間にははたして浅井の下駄もあった。
「おや二階でまた始まっているんだよ。」
お増は浅井に済まないような、拗《
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