、そっと室に訊いてみたが、この男に秘密を打ち明けないでいることが、空おそろしいようであった。
「なぜです。」
室はそう言いたげに、にやりと笑っていた。
「あの人にも困ったもんですよ。」
お増は口まで出そうにするその秘密を、やはり引っ込めておかないわけに行かなかった。
「一度あなたから、よく訊いてみて頂戴よ。」
そこへ小用に行ったお今が、入って来た。三人はある小奇麗な鳥料理の奥まった小室《こま》で、ビールやサイダなどを取りながら話していた。廊下の手欄《てすり》に垂れた簾《すだれ》の外には、綺麗に造られた庭の泉水に、涼しげな水が噴き出していたり、大きな緋鯉《ひごい》が泳いでいたりした。碧《あお》い水の面《おもて》には、もう日影が薄らいでいた。湯に入って汗を流して来た三人の顔には、青い庭木の影が映っていた。お今は肥った膝のうえに手巾《ハンケチ》を拡げて、時々サイダに咽喉《のど》を潤していたが、室と口を利くようなことはめったになかった。
室はどうかすると、幽鬱《ゆううつ》そうに黙り込んでしまった。
「あなたはほんとに真面目だわ。」
お増はビールを注《つ》いでやったりなどしたが、室は苦しそうに時々飲んでいるだけであった。
「今度二人で、どこかへ行ったらどう?」
お増は調子づいたように言いかけたが、やはり自分でしくじった。
夕方に三人はそこを出て、じきに電車で家へ帰った。
「駄目駄目。」
お増は家へ入ると、着物もぬがずに、べったり坐って、溜息をついた。
「人の気もしらないで、この人はどうしたというんだろ。」
五十一
お増がある物堅そうな家を一軒、小林の近所に見つけて、そこへお今を引き移らせてから大分たって、浅井がちょうど田舎から帰って来たのであった。
そこは小林の妾《めかけ》の身続きにあたる、ある勤め人の年老《としと》った夫婦ものであった。お増から身のまわりの物などを一ト通り分けてもらって、その家の二階に住まうことになったお今は、初めて世帯でも持つときのような不安と興味とを感じながら、ある晩方に、浅井の家を出て行ったのであった。
お増がそこいらから見つけだして、お今のために取り纏めようとした品物は、大抵お今には不満足であった。お今はお増の鏡台や、櫛笄《くしこうがい》だの襟留《えりどめ》だの、紙入れなどのこまこました持物に心が残った。
「私が新
前へ
次へ
全84ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング