に診てもらつたに違ひないと思つてゐた。
明日になつても、私は何か頭脳の底に、不安の影を宿しながらも、その問題にふれる機会もなくて過ぎた。多分感冒だつたので、報告がないのだらうと思つてゐたが、夜、私は外から帰つてくると、急にまた気になりだした。私はおばさんに聞いてみた。
「T―君診てもらつたかしら。」
「ええ、あの時さう申しましたんですが、知らない人に診てもらふのは厭なんですて。それで、牛込の懇意なお医者を呼びにいつたんだけれど、その方も風邪で寝ていらつしやるんで、多分明日あたり診ておもらひになるんでせう。」
「呑気なことを言つてるんだな。何うして浦上さんを呼ばないんだらうな。」
しかし其の晩はもう遅かつた。容態に変化がなささうなので、私は風邪に片着けて、一時のがれに安心してゐようとした。何か自分流儀な潔癖をもつたT―自身と細君の気分に闖入して行くのも憚られた。
三
翌々日の夜、或る会へ出席して、二三氏と銀座でお茶を呑んだりして帰つてくると、T―の病気が大分悪化したことを、おばさんから聞いた。誰かに見せたのかときくと、浦上ドクトルが昼間来て診察したといふのであつた。
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