、それから間もないことらしかつた。兎に角仕立物をしたりして、T―を助けてゐることだけでも、近頃の教養婦人としては、好い傾向だと思つた。
「九度?」私は首をひねつた。
「九度とか四十度とか……ちよつと立話でしたから。」
「医者にかけたか知ら。」
「さあ、そこのところは存じませんけれど。」
「風邪ならいいけれど……。」
私は他の場合を想像しない訳にいかなかつた。チブスとか肺炎とか……。私はアパアトに十人余りの人達がゐるので、最悪の場合のことも気にしないではゐられなかつた。
「細君に、早速医者に診てもらふやうに言つてくれませんか。」
「さう言ひませう。」
「かういふ時、渡瀬さんが丈夫だといいんだがな。」
「さうですね。」
「しかし浦上さんも、医者としては好いんだ。至急あの人を呼ぶやうに言つて下さい。そして診察の様子を見よう。」
「さう申しておきませう。」
私は裏へいつて、三階へ上つてみようかと余程さう思つたけれど、逢つたこともない細君に遠慮もあつたし、差当りT―の生活に触れるのも厭だつた。
切迫した仕事があつたので、その晩はそのままに過ぎた。それにおばさんはルーズな方ぢやないので、医者
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