しかし反目の理由は、既に私の気持で取除かれてゐたので、寧ろ前よりも和やかな友誼が還つて来たのであつた。何等抵触する筈のない、異なつた二つの存在であつた。
三日前、火葬場へ行つたときも、二十幾年も前に、嘗て私がK―の祖母を送つたときと同じ光景であつた。
焼けるのを待つあひだ、私たちは傍らの喫茶店へ入つて、紅茶を呑んだ。K―はお茶のかはりに、酒を呑んだ。
火葬場の帰りに、私は幾年ぶりかで、その近くに住んでゐる画伯と一緒に、K―の家へ寄つてみた。K―は生涯の主要な部分を、殆んど全くこの借家に過したといつてよかつた。硝子ごしに、往来のみえる茶の間で、私は小卓を囲んで、私の好きな菓子を食べ、お茶を呑みながら、話をした。地震のときのこと、環境の移りかはり、この家のひどく暑いことなど。
「夏は山がいいぢやないか。」
「ところが其奴がいけないんだ。例のごろごろさまがね。」
「家を建てた方がいいね。」
「それも何うもね。」
さうやつて、長火鉢を間に向き合つてゐるK―夫婦は、神楽坂の新婚時代と少しも変らなかつた。ただ、それはそれなりに、面差しに年代の影が差してゐるだけだつた。
K―の流儀で、通知
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