(?)の居城の跡とかで見晴らしのいい高台に温泉が湧いてをり、そこから奥へ入つて行つて、かんなわ[#「かんなわ」に傍点]の湯だとか明礬の湯だとか半里か一里ごとに色々な温泉が噴出してゐる。海法師海地獄などへも、私は観音寺で出来た連と一緒の乗物で見に行つたものだが、其の辺は一体に田圃や流れのなかからもぷすぷす硫黄くさい烟が立つてゐた。私はその後伊豆の温泉などへ行つたが、あれほど湯の豊富なところがないので、何となく物足りない気がしたほどである。それと同時に火のうへにゐるやうな日本といふ島国の不安さも貧寒さも思はれる訳で、日本が遅蒔きながら大陸進出を目論むのも無理からぬことではある。淫蕩な有閑階級や隠居の遊び場所である温泉の代りに、石油が無限に噴き出すとか宝石や金や鉄が到るところに採掘されるとかいふことだつたら、日本も亦相当恵まれた国土である訳だが、生産物が少しあるとしたところで、大衆までは行きわたらず、栄養価の乏しい米を頼りにして生きてゐるのは心細い。
 私は嫂の紹介で、嫂の叔母に当る人の家に落着いた訳だつたが、この叔母さんは嫂の弟で日米鉱油会社の当時の支配人であつた牧野氏に面影の似た人だつた
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