だら/\した傾斜を上つたり、降つたりしてゐるうちに、私達は既に海抜六千尺弱の霧ヶ峰の頂上へ登りつめてゐた。大きな火山岩の磊々《ごろごろ》した防火地帯へ来ると、やがて堂々たるホテルの体形をとゝのへた長尾氏のヒユッテが左手の少し低いところに見えて来た。後ろを振りむくと、青緑色の山の額や肩や腰が、深い雲霧の隙を偸《ぬす》んで私達の足の疲れを犒《ねぎら》つてくれる。多分それは大笹峰や蝶々深山《てふてふみやま》、車山、蓼科《たてしな》山などであつたろう。
ヒユッテのことは、書くと長くなるから省略しておくが、テックス張りの壁や、三重造りの窓や、四尺四方もあるやうな二つの炬燵などを見ると、スキイシイズンの冬期の雪吹雪が思ひやられるとともに、私達が翌朝雨の晴間に垣間見ることのできたアルプス連山の麗容を間近に眺めつゝ、六千尺の高原地で、銀嶺に輝く紫外線を浴びつゝ、峰から峰へ跳躍するスキイの愉快さは想像するに余りありである。
私達は長尾氏の歓待にくつろぎつゝ、一夜をそこに明かして、翌日の午後雨のなかを上諏訪へおりて来た。そして布半《ぬのはん》の温泉で冷えた体をあたゝめ、濡れた洋服や靴を乾燥室へあづけた。
底本:「現代日本紀行文学全集 中部日本編」ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日初版発行
初出:「東京日日新聞」
1934(昭和9)年10月26〜27日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2004年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング